雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

2020-01-01から1年間の記事一覧

水色の日傘 14

いよいよ遂にその時がきた。 私は学校から戻って昼食もそこそこに、家にようやく一本ある古びた兄のバットを持って公園に駆け出した。 マネージャーの最も大事な役割は場所取りだ。もし誰かに先んじられていたら、その連中が試合を終えるまで待たねばならな…

水色の日傘 13

井筒は投げても凄いのだった。右投げ左打ち。それでけでも小学生とは思えないが、ストレートも伸びるしカーブもちゃんと曲がって見える。 現在の少年野球では変化球は禁止のようだが、当時は近所に少年野球チームなどなかった。あるのはクラス単位でできる草…

水色の日傘 12

篠田が声をかけてきた。「チーム、どんな具合や」 「空き地で練習してるがな、結構気合入ってるで」 「そうかいな、結構なこっちゃ」 篠田ははははと笑った。聞けば三組は全然練習していないという。 「大丈夫なんかそれで」 「ええんや別に、ムキになってる…

水色の日傘 11

誰も知らなかったが、井筒には四つか五つ違いの兄がいて、これが甲子園も望める有力高校の選手だった。 教え魔で、しょっちゅう高校の練習グランドへ井筒を連れ出して教えまくった。それが結構厳しく時には泣かされるので井筒は上手くはなったが野球にはすっ…

水色の日傘 10

それにしても上手すぎる成り行きだ。いったい篠田はどうやったのだろうか。 訊いてみると、ことの成り行きは意外だった。 「あのな、俺も思うてもみんかったわ」 篠田はしかめっ面でもなく笑うでもない顔を浮かべて唸るように呟いた。 「あいつな、他のメン…

水色の日傘 9

☆今回は少し長いです。お付き合いください。☆ ------------------------------------------------------- 篠田に影響された訳ではないが、噂と言ってもアリバイは作っておかねばならない。幼い頭脳で健気にも考えた私は、月曜日の休み時間、直ちにピッチャー…

水色の日傘 8

ママさんと子供の姿が見えなくなっても、篠田と私は揃ってベンチに腰を下ろしてぼんやりとしていた。すぐに帰る気にはなれなかった。 私は眉毛がママさんを見たときに一瞬何かを考える風だったのを思い出した。あれは何だったのか。誰かに似てるとか、どこか…

水色の日傘 7

「このごろあかんわ、身体が動かへん、明日は大変やで」 「ミットもないからみっともないわ~」 「そんなしょうもない洒落、誰が笑うかいな」 あれこれ言いながら集まってきたメンバーを見ると、遠くで眺めるのとは違って皆それなりに歳をとっていた。余計な…

水色の日傘 6

「おっちゃーん、おっちゃんらどこから来たん」 私は、ゲームの成り行きを見守っている四角い体型の男の後ろから声をかけた。工場の作業着のようなのを着たその人は守備にも攻撃にも着いていないようで、どうやら見るだけの付き合いのようだった。 男は振り…

水色の日傘 5

私は帰宅してからも、それが気になって仕方がなかった。もし自分の母親が家計を支えるために外でかき氷などを売り始めたらどう思うかと。 大体私の母は、常日ごろお嬢さん育ちを自慢していてことあるごとにそれが出る。他にも待っててくれた人が沢山いたのに…

水色の日傘 4

「どこから来てるんやろ」 既にママさんの姿も見えなくなった公園の出入り口を眺めながら、私は呟いた。 「さあな、遠いとことしか言わなんだけど、小さい女の子連れてるからな」 乳母車を押してバスに乗ることは多分ない。だいいち帰って行った方向はバス停…

水色の日傘 3

「ごめんね、ちょっと味が変わってるでしょ」 私たちの視線を感じたママさんは、味に関して、ちょっと申し訳なさそうな表情をした。私たちの視線を、清潔に深読みしたようだった。 「そんなことないよ、ごっつうまいわ、なあ」 私は篠田に同意を即した。篠田…

水色の日傘 2

近寄って見ると、とても外でカキ氷売りをするようには見えない品の良さそうな若いママさんが、幼い女の子と並んでベンチに座っていた。揃えで作ったのか、よく似た水色の花柄のノースリーブのワンピースを着ていた。 すぐ横に乳母車が置かれていて、淡い水色…

水色の日傘 1

私が小学生だったころ、放課後の遊びといえば、専ら付近に点在していた池でのザリガニ釣りや公園での草野球だった。 私はザリガニ(当時関西ではエビガニといっていた)釣りは割りと上手かったのだが、どういうわけか魚釣りは苦手で、他人と同じことをやって…

水色の日傘 梗概

小学生当時、苦手な公園野球のメンバーに無理やり組み入れられて適当に恥をかいた。 試合後、相手チームの篠田と愚痴った。篠田もやはり運動音痴だ。愚痴を切っ掛けに親しくなれそうだった。 すると、公園の端っこに子連れの若いおママさんがかき氷の店を広…

鉛色の出来事 終章 後記

奇妙なのだが、長谷に関する私の記憶はここで全く途絶えている。そこからまるで、刃物で切られた糸のようにぷっつりと、以後はまったく、かけらのような記憶もない。 暑い時期に差し掛かって、プールの授業も始まったが、長谷が水に浸かっている姿を、私は見…

鉛色の出来事 本編 十二

自分から接近して置いて遭遇はないだろうが、私にしても長谷という得体の知れない未知のものに初めて遭遇したようなものだった。 以後の成り行きはもう覚えていないが、後はもう話すこともなく無言で適当な絵を描いたに違いない。 絵は後で必ず先生に講評さ…

鉛色の出来事 本編 十一

まったく意外と言うしかなかった。 井植は、この家の前で長谷の姿を何度か目撃したと言う。住んでいるのだと思ったらしい。 すると我が家は長谷一家と入れ替わるように入ってきたのだろうか。 私は思わず井植に問うた。 「それ、いつ頃の話なん」 「いつ頃言…

鉛色の出来事 本編 十

結局私は大風邪をひいて寝込んでしまった。 落っことしたサバの泥を母が苦労して取って、帰宅した父の食事の用意もそこそこに、私は一度潜り込んだ布団から這い出て、母に付き添われて医者へ行った。 なにかあると近所の子供は大方そこに行くことになってい…

鉛色の出来事 本編 九

私は教諭に一礼して教室を出た。教諭はまだ座ったままでいた。残務整理があったのだろう。 その方が良かった。教諭と一緒に廊下を歩くなんてまっぴらだった。 廊下か、もしかしたらその辺に中森が居るかも知れないと思ったが、居なかった。さっきは気のせい…

鉛色の出来事 本編 八

ようやく席に戻されたとき、授業終了のベルが鳴った。 終了の挨拶をした後、数人の掃除当番だけが残って、掃除を始めた。 私は当番ではなかったが、教諭は私にも掃除を手伝うように命じた。 教諭は何故か職員室に戻らずに机に座ったままだった。

鉛色の出来事 本編 七

虹教諭は問うた。表情を変えずに、普通の声よりも低く抑えて、それがむしろ前段階を楽しんでいるような嫌らしさが、私には感じられた。 「素振りとは、どんな素振りですか」 「どんなって…」 戸惑っていると、教諭は焦れた。顔にも険しさが漂った。 私はうつ…

鉛色の出来事 本編 六

毎週水曜日の午後、週に一時間だけ設けられている道徳の授業があった。 私は知らぬが、一部の人たちがどのような理由か廃止論を叫んだことがあるようだが、授業は今も存続しているのだろうか。 簡単に言えば正しい行いとか努力とか、日常の出来事対する考え…

鉛色の出来事 本編 五

正門前には学校指定の文具屋があって、登校時にはわざわざ店の前にテーブルを置いて商売をしていた。毎朝子供たちでいっぱいだった。 しかし私は、ここでは買うことはあまりなかった。どちらかといえば、道路の向かいの、もうひとつあった小さな文具屋で買っ…

鉛色の出来事 本編 四

虹教諭が、何故私に反感を持つようになっていたのか、歩きつつ、ぼんやりとそんなことを考えた。 小学校四年生は、先生がああだと言えばそれに逆らえないガキタレでしかない。悪ガキでさえなかった私に、外部から学校に苦情を持ち込まれたこともない。 そん…

鉛色の出来事 本編 三

久しぶりに訪れた大阪は、街そのものが圧縮されたような、押し詰められた箱庭のような感じを受けた。 オフィス街や新しく開発された街並みは別として、古いまま残っている住宅街は、狭い道路を挟んで肩を寄せ合って並んでいるような、やや大袈裟に言えばプラ…

鉛色の出来事 本編 二

長谷をはっきりと認識したのはいつだったろうか。 そうだ、あの時…。 長谷まり子。はっきりとしないが、四年生になった時のクラス替えで多分いっしょになった。 長い間洗ったこともなさそうな汚れた服を毎日着続け、目ばかり大きくてキョトンとして、可愛い…

鉛色の出来事 本編 一

キチっとまとめていませんが、ちょっと腱鞘炎気味なので、本編を少しずつ公開して行きます。 お読みください。 鉛色の出来事 本編 一 ある日ひょっこりと、大阪から小学校の同窓会の案内が舞い込んだ。住所など教えた記憶はないが、たまに連絡を取っているの…

鉛色の出来事 梗概

始めたばかりで、はてなの感触がまだもう少しというところです。しかし記事は書けますので、ボチボチ行こうと思います。 これは長編の一部として書いたものですが、短編としても構成できますので、これを関する梗概を取り合えず最初に公開します。 鉛色の出…

ブログ開設のご挨拶

始めまして。 恐る恐るブログをはじめました。 過去に、別段小説家を目指すでもなく思いついたことや小説めいたものを書いていました。どこへの発表も考えませんでしたが、そろそろ人生も黄昏であり、ネット上のどこかに、誰読むことを期待するでなく、書庫…