雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘

水色の日傘--54

「ぼんはもう二年生か」 ちょっとの間中空を睨んで何か考えていた工場長が無関係な話でもするように訊いた。 「そうです」 「やったら大丈夫かな」 「なにがです」 工場長はしばらく考えながらタコ焼きを呑み込んでからおもむろに語り始めた。 「実はな、わ…

水色の日傘--53

私はママさんのことが気になったから、もしかしてまた来ていないだろうかと、その後も篠田と公園を訪れたが姿を見ることは遂になかった。そのまま夏が終わった。 こんなことがあったのに篠田とも以後特に親密になることもなく極普通の付き合いになった。元々…

水色の日傘--52

興行的に大成功だった。きっと三日分くらいの売り上げがあったのではないだろうか。それを思うと嬉しかった。明日はまた会えるのだ。私は、多分篠田もそうに違いないが、ママさんに生意気にも無邪気な恋心を抱いていたのだった。齢と言っても、多分まだ二十…

水色の日傘--51

氷を最後までガリガリやって、結局払いはドンブリ勘定になった。事実上余分に食った奴も居たが、それはもう問わない。主将である萩野と浅丘が「はい集金集金」と言って一人ずつ集めた。悟君と田中君のグループはそっちで払った。十円玉を持たないで出てきた…

水色の日傘--50

来たきたと皆でママさんを迎えた。ママさん戻ってきたよと篠田が子供に語り掛けて一緒にママさんの元に歩み寄った。子供はママさんのスカートをしっかり掴んでちょっと泣き出しそうにしていたが、篠田がそれをしきりになだめていた。 「やっぱりママさんとち…

水色の日傘--49

ハアハアと走りながら萩野は私に訊いた。 「あっちの市場、いっちゃん行きやすいのはどの道や」 公園の前のバス停から二つ目の停留所の前に市場がある。自分たちは普段利用しない市場だが、何度かは訪れたことがある。 「どうでも行けるがな。どこ回っても似…

水色の日傘--48

篠田が弾んで言った。 「ママさん良かったね、氷なくなってしもたけどそれだけ売れたんやもんね」 私は思わず言った。 「あほ、ここからが商売やないけ」 「そやな、予想外の売れ行きやけど、どないしょ」 私は全員を見渡した。女子たちの何人かは、それだっ…

水色の日傘--46

子供のジャンケンでいちいち先を読む者は居ない。あっても少数だろう。最初に何を出すかくらいは決めるものだが後は条件反射のようなものだ。二人がタイミングを揃えてパッと出したら二人ともパーだった。不思議なものだが、何故か最初はパーを出すことが多…

水色の日傘--45

走ってきた吉田とキャッチャーの萩野がもつれ合って転んだ。転んでも萩野はしっかりボールを保持していた。際どいが、私には萩野のタッチが一瞬早いように感じた。 「アウト!アウトアウト!!」 右拳を二度三度突き上げて私はアウトを宣した。ここで躊躇す…

水色の日傘--44

打球はセンター方向に高く上がった。体格のある長谷川の自力だろうか。大根切りにしては不思議な打球の上がり方だ。しかも大きい。センターの森が懸命に追った。吉田はためらい走りで飛んでいく打球を目で追った。 突然浅丘が叫んだ。 「抜けるぞ、走れ!」 …

水色の日傘--43

橋田は一球目外に投げた。はっきりとわかるボール球で、徳田はまったく動く気配なく見送った。 「おいおい、歩かせるつもりやないやろな」 徳田はチロッと萩野に視線を送った。萩野は返球しながらも徳田を刺激するように言う。 「さあな、お前に馬鹿にされた…

水色の日傘--42

コースは真ん中だがやや低め。高さは吉田のつもりとはちょっと違った。しかし出かかったなにかみたいな話で、もう止まらない。普通なら見送るだろう球を、吉田は腰を屈めるようにして短く持ったバットを鋭くぶっ叩くような感じで振った。 パコン!と音がして…

水色の日傘 41

振り返ると、差した日傘の水色の陰のなかでママさんは穏やかな笑顔を浮かべていた。商売道具を乗せた乳母車を片手で押して、子供がスカートの裾をしっかり握っている。そのすぐ横に篠田がまるで兄貴のような顔をして一緒に歩いてくるではないか。 ぬぬ!っと…

水色の日傘--40

「おう篠田、ママさんきたか。それにしてもゆっくりやな」 「贅沢言うたらあかん。子供連れてんねやで、そないスタスタ歩けるかいや」 「それもそや」 私は相槌を打った。 「それにな、氷がどんどん溶けて、一旦買いに行かはったんや」 「成る程、そんなこっ…

水色の日傘--39

徳田は、ややためらいを含みつつ語り掛けてきた浅丘の目を見た。 「きょうはええ試合やで」 わざわざ寄ってきて何の話かと思いつつも徳田は頷く。「そやな…」 「こんなええ試合は滅多にないで」 「俺もそう思う。四組も前とは大違いや。こんなに点取りよると…

水色の日傘--38

「浜田!」 プレーをかけようとした時突然後ろから呼ばれた。 「お、篠田」 走ってきたのだろう、篠田は息弾ませて言った。 「ママさんくるで」 ひとつ手柄を立てたような得意顔をしている。 「おおそうか、良かった。今どこに居てはんねん」 「こっちへ向か…

水色の日傘--37

呼ばれた萩野が駆け寄って問うた。 「なんやどないした」 いつものように井筒は小声で答える。 「うちに補欠はなかったんかな」 「そうや、前に岸下がおらんかったから浜田が入ってたんや。浜田はあの通り今日は主審や」 「ああそうやった、それやったらええ…

水色の日傘--36

五回裏の四組の攻撃は五番の黒田からだった。黒田は当たり外れが多くて楽しめる人物だったが野球に於いてもそうだった。先程はまぐれのホームランをかっ飛ばして一躍本日の有名人になったが、そんな時でも打席にはあまり真剣に立っているように見えない。い…

水色の日傘--35

徳田が二塁に居るところから試合再開。高田はそこそこは打てるので一応は得点のチャンスだ。 萩野が腰を下ろして構えながら一声発した。 「ようやく秘密会議終了や、気い入れ直すでえ」 二三回バットをユラユラさせて、ヤレヤレと言う感じで高田もジョークを…

水色の日傘--34

篠田が思わせぶりに言うから、もしかしてママさんになにかあったのかとドキッとした。 「待て待て慌てるな。あのな、俺、心配になってママさんほんまにきょう来てくれるやろか、いったいどこから来るんやろか、ちょっと心配になったんや。一旦そう思うたら気…

水色の日傘 33

色々としたことがそれなりにありまして、随分更新をさぼりました。もうどこまで書いたのか忘れてしまいました。無事に続くのかもあやしくなりました。 本編どうぞ。 ----------------------------------- 徳田は二塁にあってバッターは長谷川だ。本当の要注…

水色の日傘 32

現時点で四組は二点のリードがある。主将の萩野はこの現実に自信を持っていた。井筒の参加によって前回とは練習の質も量も違っている。更なる加点も充分に見込めた。多少のゆとりを感じつつの四回裏の四組攻撃だ。 しかし先頭の橋田はサードフライ、二番福永…

水色の日傘 31

徳田は福田に駆け寄って肩を叩いた。 「気合入ってたがな、ええピッチングやった」 こんな掛け声など、徳田にしてはないことだった。先ほどの福田の態度から、徳田の内面にはちょっとした変化が生じていた。 「そうか、おおきに。結局打たれたけどな」 打た…

水色の日傘 30 中間のご挨拶

中間のご挨拶 水色の日傘は、元々は簡単な短編でまとめるつもりでした。しかしダラダラといつの間にか随分な展開になってしまいました。成り行きのまま思い出しつつ書いていますので、なにがどうなっていたのか思い出せないこともあります。情けないですがこ…

水色の日傘 29

井筒を迎える前に徳田が福田のところに駆け寄った。長谷川も安井も主将の浅丘も駆け寄ってきた。徳田は毎度の如くしたり顔で言った。 「お前らにはピンとこんかも知れんけど、どうもあいつはな、ちょっと用心したほうがええで」 わかってるがなそんなもん、…

水色の日傘 28

長谷川のホームランでついに同点になった。橋田はガックリだったが、それでも六番の高田をファーストフライ、七番岸下をサードゴロに討ち取ってどうにか三組の攻撃を凌いだ。サードゴロは際どい位置で櫻井が捕ったが成り立ての田中塁審がフェアを宣し櫻井が…

水色の日傘 27

ほんまに油断も隙もないな----私は腹の中でそう思った。徳田の視線は成り行きに注目しているようでチロチロと水口の背中やお尻付近を移動するばかりだ。女子たちは皆夏物の薄着だ。頭の中で何を考えてやがる…。こういうのを見るとやっぱり嫌な奴だと思わざる…

水色の日傘 26

勿論、萩野にそれ程の悪気があった訳ではない。どんな関係か知らないが、いっしょに居る中学生女子は想像するにどうやら彼女だ。その前だから多少の威勢を張っている。 しかし小学生とはいえ他の女子たちが大勢来たら、その前であまり怒りを見せていてはみっ…

水色の日傘 25

高く上がったボールは、それを見上げて追いかける太田の遥か頭上を飛んで、公園の周囲に設置されている植え込みの中に飛び込んだ。一瞬、キャッという悲鳴らしきが聞こえた。植え込みにはちょっとしたギリシャ風のテラスが構えられていて、茂みに囲まれるよ…

水色の日傘 24

色々と雑事があって、ついつい間延びしました。どこまで書いていたのかも忘れてしまいました。思い出しながら書いております。 ------------------- 中学生は塁審をしている。本来の企みであれば徳田の前で水口とイチャイチャさせて徳田の集中力を削ぐつもり…