「どこから来てるんやろ」
既にママさんの姿も見えなくなった公園の出入り口を眺めながら、私は呟いた。
「さあな、遠いとことしか言わなんだけど、小さい女の子連れてるからな」
乳母車を押してバスに乗ることは多分ない。だいいち帰って行った方向はバス停のある方とは逆だった。小さな女の子の歩ける範囲であれば、充分私たちの行動範囲に違いないのだった。
私は篠田の顔を見つめながら言った。
篠田は腕組みし、片手で顎をさすりながら呟いた。
「関目かも知れんしな」
「どこから来てるのか確かめてみたい気もするけど、やめといた方がええな」
篠田は無言だったが、おそらく同意見だった。
私は、ちょっと意地悪そうな目付きになって篠田に尋ねた。
「おまえ、食べながらなに考えててん」
篠田は一瞬ギョッとするような顔つきになった。
やっぱりな、私は追い打ちをかけた。
「なんか、妙に鋭い目つきになってたで」
しかし篠田は、ニヤッとして余裕を示した。
「そら、お前の今の目つきやがな」
切り返すのも上手い奴だった。
「今はええがな、食べてる時や、ジロジロとママさんを見つめてたやんけ」
「そら、お前もいっしょや」
「俺はちゃんとしたことを考えてたんや」
「そやろ、俺もおんなじや。俺もちゃんとしたことを考えてたがな」
「俺がなに考えてたんかわかるんか」
「だいたい似たようなもんやろ。あんな若いママさんが、なんで子連れでカキ氷売ってるんかとか、普通は思うやんけ」
「ふーん…」
私はとぼけた。上手いこと言うで、ほんまにそれだけか----と、そんな顔つきで
「まあええがな、それはそれで。でもお前も気になるやろ、あんなママさんがかき氷売って歩いてはる。それ自体考えさせられることとちゃうか」
妙なたしなめ口が気に入らなかったが、無論私も同意だった。
「そらそうや」
「どんないきさつか、気になるやろ」
「そら気になるけど、やっぱり家計の足しにしてはんねやろ」
すると篠田は軽蔑するような視線を私に向けた。
「単純なやっちゃなお前、野球が下手な分もうちょっと頭働かさなあかんで」
「お前に言われたないわ。野球となんの関係があんねん」
「ええかお前、あのママさんな、もしかしたら自分ひとりであの女の子育ててるんかもわからんのやで」
「なんでや、オッサン死んだんか」
「死なんでもやな、別れたということもあるやないけ」
「なるほど、別れんでも、病気で寝てるいうこともあるわな」
「そうや、いくらガキでも、一応はそこまでは考えるもんやで」
篠田は言いながら尤もらしく自分で頷いていた。運動音痴のくせしてなかなかの物言いだ。
「ほなら、カキ氷売りで間に合うんやろか」
「アカンな。間に合うわけあらへん」
「どないしてはんのやろ」
私たちは、瞬間、かなり深刻な顔つきになっていたはずだ。
「まあ、これはちょとした推測や。そこまで深刻やとは俺も思いたない。そやけど、あのママさん見てたら、なんとかしてやりたいと思うのが人情やろ」
どこかの親分のような篠田の物言いだ。
「それは俺も同じや、けど、毎日カキ氷食べるわけにもいかんしなあ」
「二人が毎日食べても知れてるわな」
私はつい考え込んだ。あのママさんが、普段どのような暮らしをしているのか、それを思うと妙に胸が痛んだ。
私たちはしばらく無言で立ち竦んだ。思うほどのことでなければ良いのだが、しかし、だとすると、かき氷売りをする必要もなさそうだった。店と違って外は冷蔵庫もない。客がない間にも氷は溶ける。そんな割の悪い仕事をなんでやっているのか。子供でもその辺は気になるのだった。
夏の日差しはまだきついが、空がようやく夕方の色になり始めたように感じた。
子供が遊ぶ姿もいつの間にか少なくなっていた。
しばらくして篠田が私に訊いた。
「あしたどうする」
「来る。お前は?」
「来るしかないな」
「ママさん、来てくれるとええけどな」
「土日は商売せんと話にならんからな、きっとくるやろ」
篠田はポンと私の肩を叩いた。
「きょうはええ友達ができた。ええ日やったわ」
「そやな、ママさんも居ったし」
私は右手を前に差し出した。篠田はグッとそれを握り返した。
私たちは頷きあって別れた。
続きます。