「ごめんね、ちょっと味が変わってるでしょ」
私たちの視線を感じたママさんは、味に関して、ちょっと申し訳なさそうな表情をした。私たちの視線を、清潔に深読みしたようだった。
「そんなことないよ、ごっつうまいわ、なあ」
私は篠田に同意を即した。篠田はもぐもぐとほおばりながら二度三度頷いた。
実際味は少し変わっていた。イチゴというけど、赤い色をしていただけでイチゴの味はしなかった。恐らくどこかの花を搾って色を加え、砂糖を混ぜていたのだろう。
なぜそれがわかるかというと、実は私の父が一度似たようなことをやったことがあったからだ。どこかの雑誌などで、そうやってジュースを作ると美味しいとか、そんな記事でもあったのだろう。
味もそれとそっくりだった。みぞれもきっと、単なる砂糖水だったに違いない。
しかし喉が渇いていたこともあって、実際に、決して不味くはなかった。
私は堪能するほどの大盛をようやく食べ終わり、まだ口をもぐもぐさせながら、ママさんに訊いてみた。
「ママさん、きょう初めて見るけど、最近始めたん」
「うん、ここへくるのは初めてやね」
「その子、ママさんの子供?」
「そうよ」
「可愛いやんか、おとなしいし」
「ありがとう」
「歳いくつ?」
「もうちょっとで五つやね」
「どこから来てんのん」
「ちょっと遠いけどね」
何故かママさんは、どことは言わなかった。私はそれをあまり深く訊いてはいけないような気がした。
「ちっちゃい子連れて遠いとこからやったら、結構大変と違う?」
「そうやけど、あんまり近所やったら顔指すしね」
顔を指す----という言葉を、私はこの時初めて聞いた。はっきりとした意味が解らなかったが、多分、近所で露店商売などをしていると、見知った人に指で顔を指される--とまあ、だいたいそういうことであろうと推測した。
私がママさんにあれこれ訊いている間、篠田はまだ黙って食べ続けていた。食べながら、何か考えているようだった。
篠田は意外と抜け目のない奴かも知れないなと私は思い始めた。
篠田がようやく食べ終わる頃、ママさんは帰り支度を始めた。瓶や機械を乳母車のなかに抱え入れると、私たちの方へ向き直った。
「きょうは良かったわ、最後のお客さんになってくれたし」
私たちは顔を見合わせて笑った。二人とも嬉しかった。
「本当のこと言うたらね、いままでお客さんあんまり無かったの、氷も半分以上溶けてしもうて」
言いながらも穏やかな表情でママさんはニコニコと笑っていた。その笑顔も、木漏れ日を僅かに受けて、自分の母や近所のおばちゃん連中しか見ていない私には、例えようもなく美しかった。
客が居ないと氷が溶けてしまう。それもきっとアッと言うまだ。商売は楽ではないだろうと私は思った。
「もうちょっと早う来たら良かったのに、そしたら、ちょうど僕ら、野球やってたから仲間もようけおったのに」
そうだそうだと篠田も頷いている。
「残念やったね、こんど見かけたら友達と沢山食べてね」
察するに、今日の商売は私たち二人だけだったのではなかろうかと、そんな気がした。
しかしママさんは、商売の不調を顔にも出さず、声も表情も飽くまで穏やかだった。
後から思うと、余程育ちの良い人だったのだろう。
「もう帰るの」
篠田が訊いた。私も別れが辛い気さえした。いつかはまた見かけるかも知れないが、その保証はない。
「もう氷がなくなったからね、きょうは終わり」
ママさんは子供に麦わら帽子を被せながら言った。
私はたたむように訊いた。「明日も来る?」
「いつも来れるかどうかわからへんけどね、でも土曜日とか日曜日はなるべくくるつもりよ」
土日はここで野球をする子が多いが、しかしいつも子供が遊んでいるとは限らない。
「ママさん見かけたら絶対買うもん」篠田が弾むように言った。
「明日も来てな」私も願い事をするような物言いになっていた。
「おおきに、ありがとう。必ずとは言えないけど、なるべく来るようにするわね」
ママさんは手を振って、身をひるがえして日傘を差すと、ゆっくりと広場を横断して行く。
ママさんの両手は塞がっているから、しっかり服を掴んでいるように言われているのだろう、子供はしっかりとママさんの腰に手を遣って、くっ付くように歩いている。
遠ざかるママさんの後姿にも穏やかな上品さが漂うようで、歩くたびに揺れるスカートの裾がリズミカルで、私は夏の夢の一シーンのような光景に、ぼんやり見惚れた。
私も篠田も、しばらく無言で遠ざかるママさんの後ろ姿を見送った。
歩く二人に影を落とす日傘の水色が、目に痛い程眩しかった。
続きます。