雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

飯田木工所の赤木さん

飯田木工所の赤木さん--11

これからは弁当が要るな、と母が言うので、まだわからない、断って帰ってくるかも知れぬからと、幸平は一掴みのパンだけをバッグに入れて出かけた。兄の洋平は隔日なので毎日ではないが老齢の母を一人にすることになった。心配だったが、それはもうどこで雇…

飯田木工所の赤木さん--10

「怪我だけはするなよ」 経緯を伝えると兄はそう言った。確かにその面の不安はある。工場には刃物の類が沢山ある。回転する機械が多い。その殆どに歯が付いている。巻き込まれることだってあるかも知れない。 一応はそれも考えないでもないが、そんな時、ふ…

飯田木工所の赤木さん--9

機械が稼働する音が聞こえて、仕事が始まったようだ。することもなく幸平はぼんやりと座って誰かが来るのを待った。狭いベニヤの小屋の中ですることもなく窓から外を眺めたりを繰り返した。ふと気が付けば、床の隅っこに黒く変色して湿気でたわんでいるとこ…

飯田木工所の赤木さん--8

男はすぐに両手をポケットに突っ込んでトイレから出てきた。やや内股で靴を引きずるように歩いて工場の鉄扉のなかに消えたが、手を洗った様子がなかった。そのトイレも、とっくにアンモニアで劣化したようなブロック造りで、汲み取りのようだった。 屋根を見…

飯田木工所の赤木さん--7

暢気な顔をして帰ってきた兄はしばらくは呆然としていたものの直ぐに連絡がつかなかった言い訳を始めた。どうせ嘘に決まっているが今はそれを言っていてもしょうがない。しかし兄には昔から不思議にこの性格があり、幸平がまだ幼い時分から一家の大事ともい…

飯田木工所の赤木さん--6

その朝、兄は本来休日だったが臨時で出てもらえないかと頼まれていると言って出勤した。幸平はやや起きるのが遅かったので父も母もは既に朝食を済ませていた。母は庭に出ているようで、父はぼんやりとテレビを眺めていた。食事はもう済んだのかと声をかけた…

飯田木工所の赤木さん--5

管轄の小さな職安は電車に乗って20分。田舎だから周辺の幾つかの町や村を統括しているところへ行かねばならない。そんな面倒なところに何度か通ったが、結局働けそうなところはなかった。ほとんどが清掃の仕事で、電気部品の組み立てや検査、コイル巻きの仕…

飯田木工所の赤木さん--3

専門職にありつけない限り一般的なバイトの賃金に甘んじるほかはない。世はバブルが弾けて十年程経っており不景気の只中だった。四十過ぎの年齢では一般職で新規の社員などあるはずもないとは思いつつ、とにかく保険がある間は都内に居たまま仕事を探すつも…

飯田木工所の赤木さん--2

そう言えばこういうこともあったな…。飲むにつれ幸平は思い出す。遥かに昔の忘年会。半ば無礼講だから、社長の言に絡んで悪ふざけを言い合った。社長は上機嫌で笑っていた。すぐ隣に座っていた幸平もついそれに乗っかってしまった。途端に社長は態度を急変さ…

飯田木工所の赤木さん--1

飯田木工所の赤木さん--本編です。 ----------------------------------------------------- もしかしたら、これが最後の納品になるかもしれないという予感はないでもなかった。会社との関係はこの半年一年で目立って悪くなった。すっかり仕事の量が少なくな…

飯田木工所の赤木さん--梗概

三つめの小説です。短編を目論んでいるのに前回は長編になってしまいました。今度は短くしたいと思います。ミステリーも何も登場しない萎れた庶民の日常の物語です。最初にあらすじを述べておきます。 ----------------------------------------- 住宅を購入…