篠田が声をかけてきた。「チーム、どんな具合や」
「空き地で練習してるがな、結構気合入ってるで」
「そうかいな、結構なこっちゃ」
篠田ははははと笑った。聞けば三組は全然練習していないという。
「大丈夫なんかそれで」
「ええんや別に、ムキになってるのは徳田だけや。それに一週間どっかで練習しても変わらんやろ」
そんなことはない----かも知れないと言いかけて、私は黙った。今度の試合は勝ち負けよりもママさんの売上貢献なのだ。
篠田の話では、三組はそれほど勝負にこだわっていない。いきり立っているのは徳田だけで、徳田自身、試合の勝ち負けよりも自身のメンツの問題だった。
しかし四組は違った。これは徳田に売られた念の入った試合だった。どうしても勝たねばならぬし、徳田を抑え込まねばならない。
それに、私は徳田のタイプが大嫌いだった。得意顔になる奴が嫌いなのだ。大人になった今もそれは変わらない。徳田をとにかくへこませたかった。それは篠田も同じだったろう。
そこで私の仕事だった。私は水口に、ある時しゃなりと語りかけた。
「なあ、水口っちゃん。三組の徳田やけどな」
「はあ?」
ノートになにやら記していた水口はいきなり徳田の話をされてキョトンとした。
「なんやのん、いきなり」
「どない思うてる」
「徳田君て、この前怒鳴り込んで来た子かいな」
「そや」
「なんやのんそれが」
「いやな、水口っちゃんが徳田のことをどう思うてるんやろかと」
「なんの話やのん」
水口は眉をひそめた。ひそめ顔もなかなか魅力的だなと思った。
「あいつ、水口っちゃんの店で毎日牛乳飲んでるの知ってるか」
「へえ、そうかいな。えらいお得意さんやね」
と言いつつも、水口はまったく無関心。
「あのな、お得意さんとか、そういうこととちゃうねん」
「なんやのんあんた、言いたいことあったらさっさと言い」
水口は、どちらかと言えばてきぱきタイプだった。悪く言えばせっかちだ。大柄女でせっかちとくればあまり良いイメージは湧かないが、美人ときているから始末が悪い。
「徳田はな、水口っちゃんに偶然会えるかも知れんと思うとるんや」
「うわ、気持ち悪…」
水口の冷たい言い放ちは、充分に私を満足させた。そうでなければ困るのだった。
「この前の試合に打ちまくりよったんも、水口っちゃんにええとこ見せよと思いよったからやで。これは知っているもんはちゃんと知ってることなんや」
「あっそう…、うち全然知らんかったわ。でもご苦労なことやね」
「ご苦労やけど、そういうもんやんか。気いある女性の前でええとこ見せたいのは誰でもそうや」
そこまで言うと、水口は私の顔をちょっと小馬鹿にするような目つきでまじまじと見つめた。
「そやからなにが言いたいのんあんた。徳田君に頼まれてなにか言いにきたの?」
じれた水口に、私は尚も勿体ぶった。
「まさか。ほな、結論から言うわ。今度の試合のことや」
「試合?」
「売られた勝負やがな、今度はなんとしても勝ちたいんや。そのためには徳田を押さえなあかん。それにあの得意顔のええかっこしいの徳田をちょっとずっこけさせたろと思てんねん」
「うちにどうせえ言うのん」
「水口っちゃんもうちの組に勝ってもらいたいやろ」
「そらまあね」
「それに、あんなええかっこしいの徳田なんか嫌いやろ」
「どうでもええわ」
「どうでもええやろけど、そない言うたら話にならへんがな。この際やから、ちょっと一芝居打って欲しいねん」
「芝居?」
「そやがな。ええか、徳田はな、自分がバッターボックスに入っているとき、水口っちゃんから熱い眼が注がれんことを期待しとるわけや。そこでポカーンと打ったらどれだけかっこええやろと、恐らく日夜考えとるはずなんや」
水口の小鼻が馬鹿にしたように膨らんだ。「ふっふっふ、なんやのんそれ」
「徳田は守備に着いてるときでも打ってるときでも水口っちゃんをチロチロ見とるはずなんや。あいつにしてみたら水口っちゃんにどれだけ見られてるのかが最大の関心ごとや」
「それで?」
「ここが大事なとこや。試合中、あいつなんかに関心がないことを知らしめてやって欲しいんや」
「よそ向いてたらええのん」
「基本的にはそうや。でもそれだけでは足りひん」
「いったい何したらええのん」
「誰でもええからな、他の男と親密な感じをあいつの前で演出するのや」
「あほらし、うちがなんでそんなことせんといかんの」
「そやからこれは頼み事やんか、あほらしいかも知れんけど、これは効くで。そんなもん見せられたらあいつ、野球どころやないはずなんや」
「そんなこといったい誰とせえ言うのん」
「誰でもええがな、この際やから俺でもかまへんし」
「あっはっは、あんたとかいな。よけいあほらしいわ」
水口は豪快に笑った。
「ものの例えやがな。知り合いの人でもええし」
そこまで言うと、あんたもつまらんこと考えるなと一応は言ったが、少々面白く感じたのか、水口はなにやらニヤニヤしながらしばらく考えていた。
「そんなら、知り合いを連れて来てもええ?」
「そらかまへんけど、誰やのん」
「うちの親戚のお兄ちゃん。三つ年上。うちの言うことなんでも聞いてくれるねん」
「親戚のお兄ちゃん…。いとこか」
「うん、中学で陸上部」
なんでも言うことを聞いてくれる----これは本当に親密そうだ。まさかいとことあれこれはないだろうが、ちょっと気にはなるのだった。
しかし、話はそういう事になった。計画は一応順調なのだった。
続きます。