雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 13

井筒は投げても凄いのだった。右投げ左打ち。それでけでも小学生とは思えないが、ストレートも伸びるしカーブもちゃんと曲がって見える。

現在の少年野球では変化球は禁止のようだが、当時は近所に少年野球チームなどなかった。あるのはクラス単位でできる草野球チームだったからそんなルールなどある訳がない。年長者に教えてもらったりして投げられる者は勝手に投げていたと思う。

しかし大人の球とは所詮違う。山なりが事実上のカーブだった。しかし井筒のはかなりはっきりと曲がってくるカーブだった。

私も兄とよくキャッチボールをしたが、兄が得意になってカーブを投げるので、ああ曲がるものだなという認識はあった。その兄だって、別に野球部じゃない。だから難しくはないのだが、井筒のはやはりちょっと違った印象だった。

昔は縦に落ちるカーブをドロップと言った。評論家の小西得郎は垂直に落ちるドロップがあると言っていた。そんな時代の話だ。

 メンバーは井筒にバッティングに関しても意見を求めた。なにしろ井筒のバッティングは徳田のような振り回し形ではない。特に短くも持たずに軽く振るのだが、これが不思議に飛ぶ。その極意をいきなり習うのは無理だが、皆の場合は幾分短く持って、とにかく振り回さないで球をよく見てしっかり当てる、それだけでセカンドの後ろまで飛ぶと井筒は言った。

「もうイタチとは呼べんな」萩野が頭を掻きながら言った。
皆大笑いしながら同意した。「ほんまや」

 

守備をどうするか。井筒が投げるとすると橋田はどうするのか。

「いや、やっぱり投げるのは橋田に…」

井筒はそう言うのだった。ずっとピッチャーをやっていただけあって、橋田は割とコントロールが良い。しかし打ちやすいところばかり投げるのでちょっと工夫する必要がある。

徳田は見る限り振り回すタイプだ。引っ張って大きいのを打ちたいタイプだ。前の試合の打球も全部レフト側だ。従って、その際ファーボールになっても構わないので外へ投げて右へ打たせればよい。徳田は多分外は苦手だ。

そこで黒田には申し訳ないが、井筒はファーストを守りたいと言った。徳田がもし右に打ってもある程度押さえられる。それに、ファーストへの送球は乱れることが多いので、それを半分でも拾えればアウトにできる確率が増えると。

すると黒田はどうするか。

「俺はどこでもええねん。ファースト守ってるのもたまたまそうなってるだけやがな」

となると話は早い。黒田は私が守っていたライトを守ることになった。だいたい小学生ではライトへは大きいのが飛びにくいのでそうなっていた。ファーストを抜けてくる球を、こっちや!と誰かが叫ぶ方へ返せば良いと、まあそんな守備だった。

黒田なら私よりは随分マシだろう。

 他のメンバーに移動はない。私達の野球は小学生と言っても、先日のメッキ会社の草野球と違ってちゃんとセカンドがあった。しかしショートはなく、内野の守備は三人だった。クラス対抗の草野球は大方そんな具合ではなかったろうか。

 

一番打者はピッチャーの橋田。実は橋田は打つのも割合なのだ。

二番はセカンドの福永。福永は小柄だが動作が素早く守備も上手い。

三番はサードの櫻井。櫻井は打つのも守るのもそこそこできた。どことなく長島のマネをしている雰囲気があった。

四番はキャッチャーの萩野。これは定位置だ。

五番はライトに入ることになった黒田。

六番はセンターの森。

七番はレフトの太田。

外野は早いゴロを捕るのに難があると思われる者が大方どのチームも守っていたのだ。

そして八番に井筒が入った。実は萩野が是非四番にと言ったのを井筒が辞退した。いきなりで遠慮したのだろうが、ここに打てるのが居るのも面白いと皆は言った。

他に「いつでも出るで」と声だけ立派な補欠が二人居た。補欠と言っても私より全然上手い。前回は都合で参加しなかった二人だ。

私はマネージャー兼審判になった。余った者の自然の成り行きだった。

 

橋田は井筒に立ってもらい、外へコントロールする練習をした。カーブも習ったかも知れない。他の者達もバットを短く持って強く当てる練習を繰り返した。

櫻井はゴロをファーストへ投げる練習を繰り返した。かなり逸れたのを井筒がなんとか捕るので、皆が眼を丸くした。

外野陣はフライを捕るのに難はない。捕った球をとにかく内野へ返す。内野は大きな声と合図で投げる位置を教える。当たり前のことだが、なにしろ草野球だ。これまでは特別な練習すらしたことがなかったのだ。現に今だって、ボールが二つしか無いのでやりくりは大変なのだった。

 

僅か数日だが、今までとは随分違うなと、そんな手応えを皆感じていた。

そうしていよいよ土曜日が来た。

 

つづきます。