雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 28

長谷川のホームランでついに同点になった。橋田はガックリだったが、それでも六番の高田をファーストフライ、七番岸下をサードゴロに討ち取ってどうにか三組の攻撃を凌いだ。サードゴロは際どい位置で櫻井が捕ったが成り立ての田中塁審がフェアを宣し櫻井が遠い位置から投げてギリギリでアウトになった。こっちも際どかったが悟ちゃんがアウトを宣した。もうちょっとでワンバウンドの球をこともなげに捕る井筒の守備が光った。

萩野が橋田の肩を叩いて励ます。

「ええがなええがなドンマイや、取ったり取られたりは当たり前や、こっちも点取ったるがな」

橋田は黙って頷く。長谷川に打たれても徳田にだけは絶対に打たれたくないと改めて思うのだった。

 

三回裏の四組の攻撃は四番の萩野からだった。萩野の振る舞いはさっきから妙におかしい。股ぐらを虫に噛まれたと言ったり、どこかわざとらしい。この打席でも球を見送った後クルッと回って舌を出したりしている。何の加減かと思うが、彼独特の緊張緩和方法かも知れない。しかし今までに見られなかったことだ。

外ばかり投げてくる福田を馬鹿にするように言う。

「ちゃんと投げんかいな、三組のエースたるもんが逃げててどないするんや」

福田は無視してまた外へ投げた。読んでいたのか萩野は踏み込むようにバットを強く当てた。

当てるだけのバッティングとか言うが、ちょっと違う。当てる瞬間に力が入っているように見える。球は鋭くファーストを越えてライトに転がった。岸下が追う間に萩野はファーストを蹴って悠々と二塁に達した。

「まあ、こういうこっちゃな」

萩野は自分で悦に入って何度も頷いた。おちょくり姿勢がリラックスに繋がっているなら結構なことだ。四組女子もやんやの喝采。元々萩野は誰彼なしに人気があった。

ノーアウトランナー二塁。

 

五番の黒田も曲者だ。やる気が全然ないように見えてたまにやることはやる。先程のホームランが良い例だ。どうしてやる気があるように見えないのか、ちょっと可哀想な気もするが持ち味と言うやつだろう。一度親父さんを見たことがあったが、雰囲気がそっくりなのでこれは血筋だと納得するのだった。

福田は今度は打って変わって内にばかり投げてきた。黒田は腹をへこませて二度避けて、例のやるせない顔で福田にぼやいた。

「当てるつもりかいな、頼むでほんまに。俺が太ってたらとっくにデッドボールや」

二球続けてボールの次に、福田は外へ流れるカーブを投げたがこれもボール。

福田は私の顔をジロっと睨んだが私は首を振った。「ボールと言ったらボール」

歩かせたくない福田は今度は真ん中やや低めに真っ直ぐ投げた。黒田は全然打ち気なく見えたのに何故か突然バットを出して、やや鋭い打球が福田に向かって飛んだ。福田は慌てて捕ろうとしたが球はややサード寄りを後ろに抜けた。そのまま抜けると思った萩野は三塁に走った。しかしセカンド安井は守備が上手い。ワンバウンドした球を捕るとすかさずサードに送った。

際どかったがサード徳田はさすがに上手く、なりたて塁審の田中くんは右腕を二度突き上げるようにアウトを宣した。これが意外に決まっていてなかなかカッコが良い。

私は咄嗟に君ちゃんを見た。キャッキャと言って、ジャンプするように拍手をしている。さっきまで怒っていた田中くんにステージを提供する形になって、今は恋人の君ちゃんを感激させている。私は、ことの変わりように驚くばかりだった。

萩野は納得したのか相手が中学生だからか文句も言わず下がってきた。

「惜しいとこやったな、安井が捕れたのはまぐれやで」とかなんとか言っている。

黒田が一塁に残った。ワンアウト一塁。

 

六番森。六番七番には長距離はない。福田は息の継ぎどころだった。

森は井筒となにやら二言三言頷きあってバッターボックスに入った。バットはやや短めだ。

前試合ほどの気楽さはないが、一応この辺は雑魚だと福田は思っている。脅かすようにインコースへ投げた後、ふわりと外寄り投げた。森は叩くようにバットを出して、ワンバウンドした球がファーストに向かってふわりと飛んだ。面白い辺りだったが浅丘が上手く捕って自分でベースを踏んだ。この間黒田は二塁に達した。送りバントの形になって、ツーアウト二塁。

そして次の太田。福田から見れば雑魚中の雑魚だ。ここでスリーアウトが当然だった。
森と同じ様に、太田も井筒となにやら呟きあって頷いている。なあに、理屈を教えても急にはできない。考えもせずに3つストライクでアウトにするつもりだった。

福田は割とコントロールが良い。二球続けてど真ん中に投げたが、ひとつ外れた。せっかちになった福田はまたど真ん中に投げた。

太田は短く持ったバットを叩きつけるように振って、強く弾かれた打球がセカンドを越えて転がった。

黒田が一気に駆けてホームイン。5点目。太田がこんな当たりのヒットを打つなど両チーム考えられないことだった。

マジナイでもあるんかな----福田は訝った。前回の太田とは別人と言っても良い程の違いだった。

そして井筒だ。影が薄く、今までその存在を考えたこともない井筒が今はなにやら魔法使いのような感じで、福田には随分不気味に思えるのだった。

続きます。