来たきたと皆でママさんを迎えた。ママさん戻ってきたよと篠田が子供に語り掛けて一緒にママさんの元に歩み寄った。子供はママさんのスカートをしっかり掴んでちょっと泣き出しそうにしていたが、篠田がそれをしきりになだめていた。
「やっぱりママさんとちょっとでも離れてると寂しいんやな」
篠田はそう言ってママさんの様子を窺った。小学生ばかりと言っても大勢だし中学生も混じっている。それ程の心配はしていなかったろうが、子供の頭を何度か撫でて安心の表情だった。
「ちょっと人数減ったんか」
そのように見えたので篠田に尋ねたら、試合も終わったしで、ママさんを待っている間に女子どものかなりは帰ったらしい。ちょっと残念だと思ったが
「いやあ、ええんとちゃうかそれくらいで」
と篠田は言った。女子の人数は減ってもチームのメンバーは皆居るし水口も君ちゃんも居る。溶けずに残った氷の量を考えると丁度良いくらいかも知れなかった。
「ほならママさん、皆の分作ってくれる?」
篠田がはしゃぐような声を出した。
ハイハイと、布でくるんだまま氷をよいしょと持ち上げて機械にセッティングしたところで、しかしママさんはちょっと残念そうに言った。
「あら…、お皿が足りないかも知れないわ」
そういうものをどこから仕入れているのかは知れないが、それなりのルートがあったのだろう。私もそこまでは気が回らなかった。
篠田が心得たように言った。
「そうやねん、ちょっと心細いかなと俺も思うてたんや」
言いつつ指で人数を数え始めた。
気付いていたなら早く言えと思ったが、そこで水口が突然仕切るように言った。
「皆家からコップ持っといで、近いんやから走って帰れるでしょ」
こういうところが水口の存在感だった。元から幾つか歳上に見えるのだ。悟君がそれを目を丸くして見ていた。改めて従妹に惚れ惚れとしたのだろうか。しかし徳田はギョッとしたような顔をしていた。
水口は続けて言うのだった。それも私に。
「あんた、一番近いんとちゃうのん。何か持っといで」
確かに私の家は公園から目と鼻の先だ。皆の視線が私に集まった。しかし何で水口が私の家を知っていたのか。
「あのな、うちは家族少ないしそんなに食器ばっかりあるかいな。それに瀬戸物は重いのやで」
私がそう言うと、水口はまたジロッと私を睨んだ。意外に怖い女や、徳田がまぐれでこんなのを嫁さんにしたらきっと苦労するで----。
と思ったらそこへ悟君が割り込んだ。
「それやったら俺らの分は皿一枚でええよ。どうせガツガツ食べるんやし」
私は同調した。
「そやそや、男の分は一枚でええ」
何故か大阪ではかき氷のこのような形を氷饅頭と言い、あのウエハースのような素材でできた皿の形をしたものをその場その場で単に皿とか饅頭とか言っていた。それでかき氷を受けるのだが、ゆっくり食べていると水分で腰がなくなり漏れてくる。だから丁寧な人は相手によって皿を二枚にしてくれるのだが、女子は既に数人しか居らず、どうせ残っているのは男ばかりだ。気を遣うことなんかない。
決まってしまうと話が早い。
篠田が囃し立てた。
「ハイハイ、ガツガツ行きたい人はもうちょっと我慢や」
ということで女子たちの分を先に作り、男たちも適当に順番を決めて受け取って食べた。ママさんは機械を回し蜜をかけるまでひとりでやっている。
私はこっそり言った。
「慌てんでもええよママさん」
大人といってもか弱い女の細腕だ。人数があるのでいきなりはしんどい。私にはそう見えた。
そこで田中君が悟君に向けて一声発した。
「おい、手伝おや」
「そやな、よし、良かったら俺が回したげるわ。適当なとこでストップかけてくれはったら…」
ママさんは笑って頷く。
「よっしゃ、そんなら受け取って蜜をかけてもらうのだけはママさんにやってもらお。毎日何触ってるかわからんような男の手で触られたらどうしようもないで」
私はつい調子に乗ってつまらぬことを言ってしまい水口にまた睨まれたがママさんは「面白い子やな」と言って笑っていた。
「それやったら、もう氷は残ってもしょうがないし使い切ってくれていいから皆で適当にやってくれていいよ。お金も人数分もらったらそれでいいし」
ママさんがそういうので皆はいきなりざっくばらんになった。
「ただし、怪我だけはせんといてね」
皆はウンウンと頷く。
「それやったら蜜も水口にかけてもらおや、水口の手やったら文句ないやろ」
萩野はそう言って私を悪戯な目で睨んだ。
「まあな…」
ママさんは実際のところ良い休憩ができて喜ぶのだった。そして子供をそっと引き寄せて隅っこに座り、小声で何かを囁いていた。そろそろ帰るよとか言っていたのだろうか。
悟君と田中君は交代でグルグルと回し、最後は自分たちで分け合った。さすがに中学生だけあってこういう場面は仕切れるのだった。
唇と舌でかき込むように食べながら、私はそれとなく徳田と水口を交互に眺めた。今日の目的はママさんの商売繁盛が勿論だが、嫌な徳田にガッカリさせてやろうという意味もあった。しかしそれはもうすっかり消えていた。試合の途中で徳田は変わっていた。その徳田と言えば、水口に蜜をかけてもらうその時に一瞬視線が合ったようだった。徳田は慌てたように視線逸らせた。その一瞬、徳田はどんな感じだったろうか。その後は自分から水口に話しかける訳にも行かず、それでも何か考えている風に氷を頬張っていた。
水口は君ちゃんと何か話していた。中学生の君ちゃんより水口の方が大柄だ。こうしてみると水口はスタイルが良い。やや高飛車だがそれもまた良いのかも知れない。しかし私はなんとなく君ちゃんに憧れめいたものを感じた。体操部というから、跳ねまわる肢体のそのイメージを不遜にも頭に思い浮かべた。しかし君ちゃんは田中君の恋人だ。今のところは…。
萩野は浅丘と談笑している。主将どうしだから自然とそうなる。萩野は試合途中で不自然にはしゃぐシーンがあったが、その理由は遂に知れない。経緯が経緯だったから完全におちょくってやろうとか、妙な神経が働いたのかも知れない。
徳田は再び井筒に歩み寄って何かを語りかけていた。明らかに自分より上手い井筒に対する脅威と敬意もあったろうが、水口の手前もあったに違いない。何でもないを装ったのだ。
私は篠田と並んで二人でほくそ笑むように成功を祝った。
「大成功やできょうは…」
そう呟いてしっかりと握手を交わした。
続きます。