雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘--43

橋田は一球目外に投げた。はっきりとわかるボール球で、徳田はまったく動く気配なく見送った。

「おいおい、歩かせるつもりやないやろな」

徳田はチロッと萩野に視線を送った。萩野は返球しながらも徳田を刺激するように言う。

「さあな、お前に馬鹿にされた橋田や。勝負せんわけないやろと思うで」

徳田はちょっとムッとした。今になってそのことは気になっている。調子に乗って余計なことを言ったかも知れない。しかし敢えて言われるとむかつくのだった。

二球目、橋田はわざとフワリとした球をインコースに投げた。殆ど徳田に当たりそうだったが球が緩いので揉め事にはならない。徳田は馬鹿にしたように余裕を見せて避けた。ボールツー。

徳田は萩野を睨んだ。

「なんや、余計な細工してもあかんで」

萩野はとぼける。

「いやあ、手が滑ったんやろ」

「フン…」

徳田はわざと小馬鹿にしたように鼻息をもらし構え直した。

返球を受けた橋田はしばらく萩野とサインの交換らしく首を横に振ったりとうんうんと頷き合ったりしている。

「おいおい、なんやなんや一人前に。首を横に振るほど投げれる球あるんか」

徳田が茶化すのを無視して橋田は投げてきた。やはり外。ややボール臭かったが徳田はいけると判断した。身体を伸ばして思い切り叩いた。低い弾道の鋭い当たりがファーストに向かって飛んだ。

長打だ!

皆一瞬そう思った。ワーッと言う歓声が一斉に上がった。しかし今回も井筒が飛びつくようにそれを捕った。吉田が慌てて一塁に戻る。井筒と競争になって際どかったが塁審を買って出ていた悟君がセーフをジャッジした。中学生のジャッジなので文句は出なかったが井筒もなっとくしているようだった。三組女子たちの声が落胆に変わった。しかし井筒に対する驚きも混じっていた。

「井筒君凄いな。さっきもそうやったやんか」

そんなことを女子たちが呟き合っていた。

普通のファーストなら長打になっている辺りを二度も井筒に捕られている。徳田はしばらく突っ立って井筒を見ていた。悔しさもあるがこれも井筒に対する驚きだった。


しかしまだワンアウトだ。チャンスはある。五番の長谷川には確率は劣っても徳田以上に大きい当たりがある。

萩野は一旦橋田に駆け寄った。

「気い抜くなよ、徳田は押さえたけど長谷川は要注意や」

「分かってるがな、長谷川にはさっきも打たれてるしな。今度は徳田とおんなじように緩い球で誘うてやるつもりや」

「わっはっは、各バッター一回こっきり有効かもな。まあ最悪は歩かせてもええんや、後のバッターはヒットの確率は低い」

「そのつもりで行くわ、勝負はどっちか言うとその二人やな」

意見は合致した。萩野が戻ってくるのを長谷川がぼんやり見ていた。

「おお、長谷川。久しぶりや」

萩野が冗談を言った。長谷川は普通に返した。

「そやな、さっきの打席以来やな」

「ちょっと見ん間にまた腹出たんとちゃうか。橋田も投げにくいやろな、ストライクでもデッドボールになり兼ねんわ」

「別に出てへんで、俺は全体的に大きいだけや」

長谷川は意に介さない。私はまた萩野に注意した。

「萩野、ゲームに集中!」

 

橋田と萩野は徳田の時と同じようにサイン合わせの演技で長谷川をじらせた。長谷川は馬鹿にしたように言う。

「ようやるでお前らも、サインなんかあってもそこへ投げられるんか」

萩野も負けずに応じる。

「人間馬鹿にしたらあかん。いつか人生誤るで」

萩野が構えを入れると橋田はやや外角低めに早い球を投げてきた。やや外れた。

「ボール、ボールワン」

「さっきから外ばっかりやんけ、勝負せんかいな」

「こっちの勝手やがな」

二球目、やはりしばらく見合った後、緩い山なりのカーブを橋田は投げた。高い所から落ちるような球で、一旦気を緩めたように見えた長谷川が瞬間握り直したようにバットを出した。大根切りだ。

パコーンと大きな音がして強い当たりがセンターやや右に飛んだ。

全員がワーッと大きな声をあげた。

 

続きます。