五回裏の四組の攻撃は五番の黒田からだった。黒田は当たり外れが多くて楽しめる人物だったが野球に於いてもそうだった。先程はまぐれのホームランをかっ飛ばして一躍本日の有名人になったが、そんな時でも打席にはあまり真剣に立っているように見えない。いつも眉を波打たせて--しょうもないわほんまに--とも読める顔をしているのでそこを先生に叱られたこともあったが今は皆が性格を理解している。
そんな黒田だから意外にまた打つぞとそれなりに期待され、さすがの黒田も良い気分なったのか打つ気がみなぎっているようだった。ところが大振りが目立って球に当たらない。来る球皆振って三球三振に終わった。
萩野が叫んだ。
「黒田、お前はその気になったらあかんのや。とっくに分かってるやろ」
黒田はブスッとしている。「そない言うても…」
続く六番森はセカンドゴロ。七番太田はファーストゴロとなって三者凡退。
「ええぞええぞ、ナイスや」
徳田がピッチャー福田に手を挙げた。福田もニコッと笑みを浮かべて徳田に返礼した。
徳田の変身ぶりは福田がきっかけだ。野球を離れても三組の友達関係は徐々に良くなって行くかも知れない。
六回表の三組の攻撃。浅丘がチームに気合を入れた。
「ここから食らいつくで、粘って行くで、はったい粉みたいに行くで」
注)意味のわからぬ人は--はったい粉--を検索。
ところが最初のバッター福田は何故か振り回して呆気なく三振、気合が入り過ぎたのか。一番に戻って新井もピッチャーフライ、二番の安井もファールを幾つか飛ばして粘ったが最後はサードゴロになった。三組も呆気なく三者凡退に終わった。
その裏の四組攻撃は井筒からだ。前回は井筒に関する作戦であれこれ言った徳田だったが今回は黙っていた。
井筒は例によって軽い構えでボックスに入った。これまでのことを考えるとどこに投げても打たれる感じがするのだったが、福田はあれこれとはもう考えないようにした。一方キャッチャー長谷川は落ち着いたタイプだ。意外に井筒を良く観察しているかも知れない。ここは長谷川の指示のまま投げると決めていた。
井筒は他のメンバーと比較してもバットをやや長い目に持っている。凡そ小学生でいっぱいいっぱいに握っているのは徳田くらいのものだが、井筒もそれに近かった。ほんの指一本くらい余しているだけだ。
長谷川はまず遠くへ一球放らせて次にインコースを要求した。しかしこれは内過ぎて井筒が避けた。その避け方もまるで慌てないむしろゆっくりした感じがあった。
「ボール、ボールツー」
三球続けてボールは避けたい福田だったが、長谷川はもう一度インコースを要求した。外しても良いと言っている。福田は成り行きに任せてインコースに力の入った球を投げた。井筒はじっとそれを見たが振らなかった。
「ストライーク」
際どかったが私はそう宣した。
「ボールやろがい、さっきとどこがちゃうねん」
すかさず萩野が茶々を入れたが、井筒は表情を出さずに受け入れた。
何度も頷きながら福田に返球した長谷川は今度はど真ん中に構えながらもコースはそのままインコースを要求した。バットを長く持っているのでインコースは打ちにくいと考えたかも知れない。福田も素直にそこに投げた。力の入ったストレートだ。井筒は今度は打ちに出たが球はさっきよりやや高くもっと内に入った。井筒は咄嗟にバットを引いたが、ボールは手首の辺りに当たって跳ね返った。
軟球だし小学生の投げるボール故それ程のことはないが、キャッと観戦の女子達から悲鳴があがった。
「デッドボール!」
一瞬叫んで私は井筒を見た。「大丈夫か」
長谷川は転がったボールを拾い上げて井筒を振り返り、福田もマウンドからやや降りて片手を顔の正面に立ててスマンスマンと合図を送った。
井筒は少し手首を揉んだが、心配するなと手を振って何事もなかったようにすぐに一塁へ向かった。一旦ベースを踏んだ井筒はしかし、すぐにタイムを要求した。そして萩野を手招きで呼んだ。
おや、やっぱり具合が悪いのか…。皆心配そうに井筒の方を見た。
続きます。