雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 24

色々と雑事があって、ついつい間延びしました。どこまで書いていたのかも忘れてしまいました。思い出しながら書いております。

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中学生は塁審をしている。本来の企みであれば徳田の前で水口とイチャイチャさせて徳田の集中力を削ぐつもりだった。このままだとそれはうまく行かない。

しかしここに至って、それはそれで良いじゃないかという気がしてきた。いざここに来てみるとそれはフェアじゃないという気がしてきたのだ。

水口はそこに居て四組を応援しているが、そっちに徳田の気が散るのはしょうがない。仕組んでも仕組まなくても同じことだ。だから、敢えてあれこれを策す必要はない。成り行きのままで良い。わざとらしいことをせずとも、今日は練習の成果もあって四組は良い試合をしているではないか。

 そう思うと私は妙に気が楽しくなって、つい徳田にひと声かけたくなってしまった。

「徳田君、正々堂々頑張ろうじゃないか!」

「はーん?」と言って徳田は眉を歪めて私を見た。そして一二度首を傾げた。そんな徳田を見て私はおかしくなってつい笑ってしまった。「わっはっは」

徳田は同じ顔でじっと私を見た。「なんやお前、どないかしたんか」

「いやいや、ええのやええのや、きょうはええ試合や。俺も審判のやり甲斐があるがな」

しかし徳田は完全に私を馬鹿にしていた。

「ふん、お前みたいな審判居っても居らんでもおんなじや、野球も知らん癖に」

一瞬ムッとした。喧嘩を売ってるような言い草だ。しかし抑えた。今日の試合はそもそもあのママさんのためにあるようなものなのだ。気まずいことにしたくない。或いは喧嘩になったところで、誰かが止めてくれねば小柄な私に勝ち目はなかった。

「はいはい、プレー行くよ。それはそれ、これはこれや」

折角清々しくもフェアな気持ちになっているのにこれじゃ台無しだ。私はむしゃくしゃ混じりのひと際大きな声でプレーを宣した。

 

橋田は長打を打たれないように真ん中を避けて投げる。徳田相手にはこの際フォアボールでも良いのだ。下へ外へと外し気味だ。

徳田はこんな時におとなしくフォアボールを選ぶ性格ではない。二球続いたボールの後、外に逸れた高めのボール球を敢えて振った。引っ掛けるような当たりだったが球はファーストの頭上を越えてライトに転がった。ライトの黒田がこれを捕ってセカンドへ返したが、二塁に居た浅丘は懸命に走ってホームインした。三組二点目、打った徳田は一塁ストップ。加点して三組女子たちの歓声があがったが、シングルヒットに徳田は不満顔だった。

萩野が橋田に駆け寄った。

「ええんやええんや、徳田がシングルやったらそれでええ。あいつにはホームランされへんかったらええんや」

橋田は小刻みに頷く。萩野が続けた。

「それより、長谷川が気になるで、気い付けや」

「分かってるがな、そやけど、さすがに徳田やな、あんな球打ちよるとは」

「大根斬りホームランは黒田でも打ったがな」

「わっはっは、そやな」

「気に食わんやっちゃけど、上手いのはしょうがない、ここから締まって行こ」

橋田は頷いて、萩野はその尻をポンと叩いた。

この間、徳田はファーストの井筒に語り掛けた。

「お前、どこで野球覚えたんや」

「どこて…」

「隠さんでもええがな、アホは騙せても俺は騙せん。どっかで教えてもろてるやろ」

「別に騙すとかそんな…」

「まあええわ、そやけど、上には上があるっちゅうことも知っといた方がええで」

「上…」

「ええからええから、しっかりファースト守れや」

どこまでも上から目線の徳田だった。もっとも井筒はそんな徳田にまるで関心はない。

 

長谷川がのそっとバッターボックスに入った。三組の中で徳田のことを全然気にしていないのはこいつだけではないかと私は思っていた。勉学の方はどんなものなのかと、ふとそんなことが気になった。このタイプは何も考えてないようで意外に成績が良かったりするものなのだ。

萩野がまたはしゃいだ。
「きたできたで長谷川きたで、本物の登場やがな。三組の真のホームランバッターや」

わざと徳田に聞こえるような声だ。聞こえているはずの徳田は腰に手を当てて刺すように萩野を見た。当てこすりを言われて喜ぶ奴は居ない。

一方、長谷川はまるで聞こえていないかのようにボックスに入った。

「プレー!」

右手を挙げて宣すると橋田が身を屈めた。左ひざにグラブを着けて、多分に縁起っぽいがキャッチャーとファーストを交互にチロチロと見ている。徳田は突っ立って馬鹿にするようにそれを見ている。

萩野は思い切り外へ構えた。しかし長谷川への一球目はデッドボールになりそうなインコースだった。長谷川は腹をへこませてこれを避けた。

危なげに捕った萩野が叫んだ。「あほ!どこへ投げとんねん」

橋田は拝むような格好をして謝る合図をした。だがこれは作戦だったろう。

二球目、萩野はもう一度外へ構えた。ボールは正直に外へ来た。長谷川は見送る。

「ボールツー」

萩野が叫んだ。「橋田、勝負せえ勝負。きょうは勝負や」

投げさせておいて何を言うか----とでもいう風に橋田は顎を突き出した。

「よう言うであいつも…」

ひと言呟いて橋田は今度はインコースに投げた。しかし手頃な球になってしまった。

長谷川はこれを思い切り振った。軟球独特のパーン!という音がして、高いフライがレフトに上がった。

皆が叫んだ。「大きいぞ!」

 

続きます。