雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘--51

氷を最後までガリガリやって、結局払いはドンブリ勘定になった。事実上余分に食った奴も居たが、それはもう問わない。主将である萩野と浅丘が「はい集金集金」と言って一人ずつ集めた。悟君と田中君のグループはそっちで払った。十円玉を持たないで出てきた奴も居たが適当に個人間で調整した。

「いやあ、きょうはようけ売れて嬉しいわ、ほんまにありがとうね」

ママさんは子供の頭を撫でながらニコニコしていた。

悟君が弾むように言った。

「楽しかったできょうは、田中と君ちゃんが思いがけんとこで出てきたし」

余計なお世話だと田中君は言い、君ちゃんは空を向いていた。

ママさんはそろそろ帰り支度を始めた。もうちょっと見ててねと言って子供をトイレに連れて行く間に皆ゾロゾロと帰り始めた。

「ほな!」

「ほな!」

と手で合図しながら、連れになるものは連れだってそれぞれの方向に帰って行った。

徳田は悟君と並んで去っていく水口が気にはなったが観念するしかないのだった。皆といっしょに歩きながら、しばらくして井筒に話しかけていた。徳田に対する私の印象はこれまでと全く違っていた。その切っ掛けになった三組ピッチャー福田にも意外な面があるなと見直した。福田は私のなかでもどちらかと言えばあまりパッとしない奴だった。メンバーのなかで、言ってみれば普段から人数揃えの感のあるメンバーにもきょうは出番があり存在を知らしめた。前回は補欠だった三組の吉田にも出番があった。そのことを思うと、いろんな面でこの試合を企んだことは正解なのだった。もっとも、人数揃えの最たるものは篠田と私であることは言うまでもない。

 

私たちはそのまま残ってママさんを待った。夫々の方向に去っていく皆の後姿を眺めつつ、試合が始まった頃のことをふと思い直した。もうずっと前のことのような気がした。

「またあいつかいな、懲りんやっちゃで」

橋田を馬鹿にする徳田の声を無視して、私は伸びるだけ右手を挙げてプレーボール!と叫んだ。それが始まりだった。

「ようやったな、なんやかんや言うて、大成功やった」

篠田がしんみりと呟いた。私もしんみりと受けた。

「ほんまや、自分で言うのもなんやけど、へまばっかりの俺には滅多にないこっちゃ。捨てたもんやないで」

「お前は成績も悪いもんな」

私はムカッと来た。

「あのな篠田、俺の成績なんかお前、知らんやろ!」

「想像着くがな」

最後の最後までいらんこと言いの屑やなこいつは、と私は思った。彼は冗談のつもりでも本当に成績が冴えないので冗談にならないのだった。

そうしているうちにママさんと子供が戻ってきた。試合の最中はママさんといっしょに篠田が子供にピッタリくっ付いていたが、ほとんどものも言わずむずがることもないようだった。

「ありがとね、きょうはほんとに助かったわ」

「ママさん明日も来るの」

私が弾むような声で聴いたら、ママさんは笑みを浮かべながら何度か頷いた。拭かなくても良いようなテーブルをわざわざ拭いて機械を乳母車に戻し、あちこちを点検した後でサッと日傘を開いた。夕方だがまだ陽は高い。一日通してやや曇り空だったが、今ここにきて急に陽が射してきた。そのなかをゆっくりとママさんと子供が歩いて行った。

 

私たちはしばらくそれを眺めていたが、急に追いかけるように駆け出してママさんに問いかけた。

「ママさんどこへ帰るの」

ママさんは答えをぼかした。

「あっちの方」

篠田は食い下がった。

「あっちの方って」

「ごめんね、詳しいところまでは言われへんの」

ママさんの声には多少の事情があるような含みがあった。

私は篠田の腕を掴んだ。そして首を振った。これ以上訊かない方が良い。

ママさんは途中でちょっと振り返って言った。

「ここからは、ごめんね」

私たちはそのままそこに立ち尽くした。ぼんやりと歩いて行くママさんと子供の後姿を眺めた。家の陰になったり陽に照らされたりを何度か繰り返しながら遠ざかっていく。姿の良いママさんと日傘の水色がその度にキラキラと光るように見えるのだった。

 

篠田が私の背中を突いた。

「なにしょげてんねん、明日も来てくれはるんやで」

「そやな、そうやったそうやった」

「あしたも食べるやろ」

「当たり前やがな」

私たちは急に元気になるのだった。

「それはそうとお前、バットどうしたんや、持ってきてたやろ」

「あ!」

篠田に言われるまでまったく忘れていた。審判だから打つことなんかないのに一応の恰好付けで兄の古いバットを持ちだしてきたのだった。失くしたら大変だ。

篠田と一緒に懸命に走った。そこにあってくれと祈った。ようやく公園に戻ったら、ベンチの下に投げ捨てたように転がっていた。私は試合の最中もそのバットのことを全く忘れていた。

「ああ、良かったわ」

「そそっかしいやっちゃで、それやから成績も想像着く言うんや」

篠田が気付いてくれなかったらと思うと、そう言われても我慢するしかなかった。

ブスッとした私の背なかを篠田はもう一度叩いた。

「バットはあったんやから元気出さんかいや、明日やあした」

明日も来るとママさんは頷いていた。もしかしたら他所のチームが試合をするかも知れない。売り上げが期待できるではないか。そのときはまた手伝おう。

私たちは明日になお期待して、またなと手を挙げて別れたのだった。

 

続きます。