雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 15

年が明けました。頻繁な更新ではありませんので、遅れ馳せながら、令和三年おめでとうございます。

以下本文です。今年も宜しくお願いします。

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三組のメンバーは、徳田を抜きにしても以前から四組の実力を上回っていたが、その上に徳田が乗っかったから、前回は四組がボロ負けした。

 

三組の打順。

一番 レフト新井 徳田を茶化して揉めた奴だ。割としぶといらしい。

二番 セカンド安井 四組のセカンド福永と似たタイプ。

三番 ファースト浅丘 主将

四番 サード徳田。転校してきて打力があるのですぐに四番に入った。それまでは浅丘がサードで四番だった。

五番 キャッチャー長谷川 体がでかいので的になりやすい。割と飛ばす。

六番 センター高田 足が速く深追いができた。

七番 ライト岸下 どこでも平均的に守れる。

八番 ピッチャー福田 橋田よりは球速があるようだ。

前述したように、スケールが狭いのでショートがない、従って九番バッターはない。

なお、三組に左バッターは一人も居ない。

 

徳田がサードに入り、それまでサードだった浅丘がファーストに回ったせいで、ファーストを守っていた吉田が補欠に回った。実は徳田は吉田の守備にも注文を付けていた。サードからの送球を受けるのが下手だと言うのだ。吉田はふてくされて、前回の試合にも出ていない。チームの不和は明らかだった。きょうは補欠だが、一応メンバーとして名を連ねている。もしかしたら浅丘が吉田の気持ちを慮って途中から変わるかも知れない。

 ライトの岸下は前回不参加で、そこへ篠田が入っていたのだった。しかし、どのチームもそうなのだが、外野を誰に任せるかは物凄く適当だった。

 

橋田の新井への一球目は外寄り高めだったが、新井はバットを振らず私はボールを宣告した。

橋田も萩野も文句がありそうだったが、押さえた。まだ始まったばかりなのだ。

二球目は真ん中に低めに入ってきた。新井はやはり振らず、低いが萩野が難なく捕ったのでストライクを宣告した。私だって審判などしたことがない。大雑把なものだったが、草野球はそういうものだ。実は前回の試合だって、メンバーが揃わなかったくらいなので審判など居なかった。双方で大体を決めたのだった。

新井はちょっと文句がありそうな顔をしたが、黙った。

萩野がすかさず言った。

「新井、話聞いてるで、きょうは打たんと格好つかんわな。まあ頑張れや」

新井はチロッと萩野をみたが、元々萩野と新井は同じクラスになった過去もあり、仲は悪くなかった。

三球目は真ん中高めに来て、新井はこれを空振りした。

「カウントツーワン!」

自分にしては、割と格好ついてるじゃないの----と私は思った。私はプレーそのものは苦手だが、実は南海フォークスの大ファンで、なかでも大投手杉浦の熱狂的なファンだった。決して野球そのものは嫌いではないのだ。

四球目、橋田はインコース、身体に近いところに投げた--のか勝手にそこに来たのか、とにかくこれまでよりは幅があると思った。

見逃せばボールだったが、新井はこれを振って、サードゴロになった。萩野の一言が効いたのか力み振りだった。ラインギリギリで、私は腕を内野に向けてインを宣告した

櫻井は難なく捕って即座にファースト送ったが、距離があるのでややホーム寄りにずれた。しかし井筒がこれをこともなげに処理して、新井はアウトになった。

徳田は、ここで初めて井筒に関心を持った。

「誰やあいつ、あんな奴、前におったか」

隣に居た浅丘が首を傾げながら答えた。

「井筒や、あいつ運動音痴のはずやけどな」

徳田が新井に叫んだ。「もっと球よう見んかい!」

徳田は笑っていたが、新井はブスッとしていた。

 

二番の安井はなかなか振らないタイプだ。打ち易いところへ来たらコツコツ当ててくる。大きいのはないので橋田は遠慮なく真ん中付近に速い球を投げた。

安井はツーストライクまで見逃して、次の真ん中高めを当てに行ったがピッチャーフライになった。

三番浅丘。これは要注意だ。徳田がなくば三組の第一人者だ。

橋田はやはり外寄りから入った。浅丘は見逃したが私はストライクを宣告した。文句なしだった。

当時の小学生は外はあまり振らない。浅丘とて例外ではなかった。

次も外へ来た。今度はボールを宣告した。

萩野が言った「さっきとおんなじとこやで」

私は無視した。さっきより間違いなく低くしかも外だった。

浅丘が苦笑いした。「えらい外ばっかり投げるやんけ」

萩野はグラブを真ん中に構えているが、橋田はどうやら萩野の右膝を目印にしているようだった。打ち合わせていたのだろう。出たとこ勝負の前回にはなかったことだ。

次の一球はインコース、身体近くにきたが、浅丘がちょっと身体を逃し、外れた。

浅丘が文句を言った。

「萩野、えらい際どいとこへ投げさせるやんけ」

萩野はとぼける。

「知らんがな、あいつのコントロールが悪いだけや」

次の、真ん中高めを浅田は思い切り振った。ガツンと当たってセンターに飛んだ。

皆が歓声をあげて、かなり遠くへ飛んだが、森は守備が上手い。ほぼまっすぐ下がって手堅く捕った。しかし危ない球だったようだ。

「アウト!スリーアウトチェンジ!」

宣告と同時に四組の女子たちから拍手があがった。その拍手が、私にはまるで自分に向けられているように思えた。

「悪くはないのう…」私は腹の中で充分な快感を味わっていた。

 

攻守交代の間に、私は篠田を探した。「副審!副審!」

篠田はやってきた。「へへ、なんや浜田主審」

別に副審と気取らずに普通に名前で呼べば良いのだが、篠田はそれを揶揄したのだ。

構わず私は訊いた。「ママさんはまだか」

「まだや、でも、あんまり早う来ても氷が溶けるから、試合が終わるちょっと前がええんや」

「水口は…」

「ああ、水口な…」とちょっと探して「居らんな、来る予定になってるんか」

「まあな、来たら教えてくれるか」

篠田はニヤニヤして訊いた。「なにか企んでるんか」

「はは、まあな、とにかく来たら教えてくれや」

篠田は笑いながら遠ざかった。

三組が守備位置に着いたのを確認して、私は声を張り上げた。「プレーボール!」

四組の攻撃の番だった。

 

続きます。