雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 18

少々雑事があって間延びしました。きっと誰も読んでいないだろうと思っていたのですが、応援マークが付いていたりして意外に思っており、感謝しております。

ではお読みください。

--------------------------------------------------

私は少々意地悪く盗み見るように徳田を観察した。

チロチロと水口の方を見ているようでもある。何を思っているだろう。もしかしたらの遭遇を期待して毎日店に牛乳を飲みに行くほど水口にメロメロだ。坊主頭の中学生と思われる男となんであんなにベッタリくっついているのか、あれは誰なのか、内心落ち着かないに決まっている。

私はこの後の徳田の打席がどうなる楽しみだった。徳田のことだから余計に張り切る可能性もある。

しかしゲームはゲームだ。私は仕切り直すようにプレーを宣した。

 六番のセンター森は足も早く守備も上手いが小柄で打力はあまり期待できない。七番のレフト太田はなおさらだから、ピッチャーの福田としては一息点吐けるところだ。しかしこれまでの当たりをみると楽観はできない。

 

打順を待つ間、井筒が森と太田になにやら話しかけているのが見えた。バッティングのあれこれを話し合っていたのだろうか。

森も太田も前回はノーヒットだ。練習しただけの違いが出るかどうか、随分興味深かった。

萩野が叫んだ。「森、ねちこう行ったれ!」

森ははっきりとわかるほどバットを短く持っている。小柄だしバットは短いしで、大きいのはないと福田は推んだ。外には届きにくい。当たっても大したことはない。

だが福田はこうも考えた。なんでこんな奴にビクビクせんといかんのや、こいつは雑魚やないけ、アホらし----。

福田にもメンツがあるのだった。

 

一球目、インコース低め、足に当たりそうなところに来た。ボール。一応の揺さぶりだ。

森はすっと下がって何事もない顔をしている。身体が小さいのであまり大口はきかない。

拾いにくいところだが、長谷川はなんでもなく捕球した。やはり上手いのだなと私は思った。こんな顔をして一体どこで練習したのだろうか。

二球目は決まったように外に来た。やや低めのはっきりしたボールだった。森は黙って見送った。

三球目も外へ来た。やや低いが今度はストライクコースだった。森は待っていたように、踏み込むような感じでバットを出した。

先っちょだったがコツンと良い音がした。鋭いライナーがファースト付近に飛んだ。

福田はハッとして目で球を追ったが、浅丘が横っ飛びの感じで捕った。主将だけあって流石に上手いのだ。

「アウト!スリーアウトチェンジ」

右手を挙げてジェスチャー決めて、これを言うのもなかなか快感だった。いよいよ将来の職業としてありかも知れない、などと私は思った。

 

一回裏の四組の攻撃がようやく終わった。森の打球も鋭かった。ライナーを捕った浅丘も目を丸くしているのが見えた。

三組の守備陣が戻ってきたが、森ですらあの打球だ。福田の心境はどうだったろうか。

アウトになったが、井筒は何度も森に向かって頷いていた。どうやら森に秘訣でも授けていたのだろうか。

 

四組が守備位置に走った。萩野が橋田に駆け寄って話しかけた。

「あのな、お前は試合になると気が小さいんや。日頃の遊び半分はどこへ行くんや。ちょっと遊んだらんかいな」

橋田はムッとして言い返す「なんやそれ、ほっといてくれ」

「そやからな、三点あるこっちゃし、適当に遊んだれや。徳田に一発やられても、この分やったらうちも結構点取れるで」

「遊ぶてどないすんねん」

「そこやがな、お前に足りひんのは。時々アッカンベーしたり、フワフワボール投げたり、ちょっとおちょくったらええんや。金田のマネは上手いんやから」

「余計なお世話や」

「ちゃうがな、俺が言うてんのは、あの金田のふてぶてしさで行けっちゅうんや。いつか見たやろ、交代を言いに来た監督の胸叩いて、ええからええから帰れ帰れ言うたやっちゃで、あれで行かんかいな」

「……」

「怒鳴り込んできよった時の徳田のセリフ覚えてるやろ」

「覚えてるがな、次もあいつが投げるんやったら話にならんでとか言うとった」

「そやがな、言わせといてええんか。目に物見せたらんかいな。かと言うて、あいつは上手いんやから力攻めしてもあかん。適当におちょくって怒らしたらええんや」

「ほんまに怒りよったらどうするんや」

「お前もしょうがないやっちゃな…」

 

ブツクサと二人でやっているのを私は眺めた。何を言っているのだろうか。

ふと気付いたが、塁を見ていてくれと言ったのに篠田が居ない。ぐるっと見渡しても姿が見えない。いつの間に消えたのか。あいつのことだから何かやってるのだろうが、合図くらいすれば良いのにと私は少々不機嫌になった。

「審判、攻撃行くで」

声をかけてきたのは徳田だった。この回の先頭バッターだ。

「えらい長話しとるやんけ、なにを喋ってるのか知らんけど、策を弄しても本物には通じひんのやで」

その声は大きかった。きっと水口に聞こえるようにしているのだ。

「さあな、この前貸した金返せとか、そんなこと言うてるんとちゃうか。金銭ごとは揉めるからな」と私はとぼけて二人に声をかけた。「萩野、橋田、プレー行くで」

 

徳田はまたチロッと水口を見た。水口は坊主頭と並んで涼しい顔でこの光景を眺めている。

萩野が戻ってきた。「悪い悪い、色々あってな」

徳田はそんな萩野を鼻で笑うようにボックスに立った。

私は、徳田の表情を無視するように宣した。

「プレー!」

 

続きます。