篠田が弾んで言った。
「ママさん良かったね、氷なくなってしもたけどそれだけ売れたんやもんね」
私は思わず言った。
「あほ、ここからが商売やないけ」
「そやな、予想外の売れ行きやけど、どないしょ」
私は全員を見渡した。女子たちの何人かは、それだったら私たちはもういいとグループになって帰る者も居た。しかし男子が全員残っているしそれに関係する女子たちも残っていた。中学生の田中君と君ちゃんが居るし悟君と水口も居る。まだ結構な人数だ。
ママさんが問いかけるように言った。
「ごめんね、でもみんな食べてくれるんやったら今から氷買ってくるけど、どうないしょう」
篠田が素っ頓狂な声をあげた。
「え、今から買いに行くの」
「そんなに遠くないから大丈夫よ、氷屋さんの場所はちゃんとわかってるからね」
そらそや、そらそやと萩野が頷いた。
悟君が提案した。
「そこに居るの、お娘さんですか。それやったら僕らでちゃんと見てるからその間にサッと行ってきはったら」
ママさんは一瞬考えた。子供をここに置いたままはちょっと心配だ。しかし一緒に歩くとなるとかなり時間がかかる。その間にも氷は溶けるだろう。
悟君は続けた。
「大丈夫大丈夫、こいつら小学生やけど、僕ら二人は中学生やし」
そう言って田中君と頷き合った。
少し考えたがママさんは納得した。それだったらお願いするわと、娘の頭をなでた。ちょっとの間待っててね。篠田がその横にぴったりとくっ付くように座っている。
ママさんは日傘をさして乳母車を押して歩き始めた。道具一切は置いたままだ。私たちを信頼してくれているのだった。
私はその後ろ姿をぼんやりと眼で追った。皆も見ていた。日傘が頭部を隠していたが、透けた水色が淡い花柄のワンピースを微かに染めて、腰のあたりで縫い合わされたスカートが歩く度にユラユラと揺れている。素足にサンダルだった。私はママさんの足元をその時始めた眺めた。なんと優雅な足運びだろうか。
「おっとり歩いてはんな、どこの人やろな」
萩野がため息を吐くような感じで呟いた。皆もしばらくぼんやりママさんが歩く後姿を眺めていた。ママさんは公園を対角線上に歩いて角から出て行った。氷屋さんはあっちにあるのかとなんとはなしに私は思った。
あとはママさんが戻ってくるのを待つしかない。私は篠田に近寄って、子供を挟むような形で座った。皆は花壇を仕切るパイプにもたれるように座りながら世間話をしていた。
私は子供の頭にそっと手を当てるように撫でながら篠田に呟いた。
「これだけでも上出来やけどもうひと踏ん張りやな」
篠田は大人が時折そうするようにやや深刻ぶって何度か頷いた。
「そや、ここは勢いやな。後はできるだけこのメンバーで食べたるこっちゃ。せっかく氷買うてきはっても残るようやったら申し訳ないもんな」
同意同意と頷きながら、私は徳田の様子をちらっと窺った。徳田は水口ばかりをジロジロと見る訳にも行かず、ただパイプにお尻をもたれかけさせてぼんやり座っていた。
悟君は田中君となにやらブツブツと語り合っていて、その近くでは水口と君ちゃんが並んでいた。ふたりで時折相槌を打っている。君ちゃんは中学生なのに、小学生の水口の方が年上に見えた。
その水口が、ふと徳田に眼を向けた。徳田はそれでもチラチラと嫉妬混じりに水口を見ていたので一瞬眼が合った。徳田は慌てて眼を背けた。野球ではいくら経験があってもこっちはそうでもないようだった。なんと言っても小学生なのだ。
すると水口は何を思ってかスルスルと徳田に近寄った。徳田は座ったまま水口を見上げて俄然緊張した。
「あんた徳田君やね、この前転校してきはったんでしょ、野球上手なんやてね」
徳田は声も出ない。が、やっと遠慮がちに出した。
「ああ、いや…それ程でも…」
実際きょうは前回ほどの見せ場はなかった。徳田としてはちょっと残念だったろう。
「謙遜せんでもええやんか、毎日どこかで練習してはるんやね」
「うん、まあそやけど…」
「それで帰りに毎日うちで牛乳飲んでくれてはるんやてね、おおきに」
徳田は慌てて直ぐにとぼけた。
「あ、あの牛乳屋さん君とこのやったんか、し、知らんかったわ」
嘘つけ、と私も篠田も思った。篠田は空を見上げて笑っている。
浅丘がマジで受けとった。
「おまえ、そんなに牛乳好きやったんか」
徳田は眼をキョロキョロさせて黙ったままだ。
「わっはっは水口、そんなお得意さんやったらたまには店に立ったれや」
萩野が笑いながら囃した。
「そやかて普段店行く用事なんかあんまりないからね」
さり気ない水口の一言に徳田は一瞬呆然とした様子。エッ!という顔だ。
「えらい冷たい物言いやで、お得意さんやないけ」
「そやかて…」
言いかけた水口はすっと話題を変えた。あまり徳田をいじることになってもまずいと思ったのだろう。せっかちだが気を回すのも早いのだ。
「大人しい子やね、お母さんすぐ戻ってくるからね」
すすっと子供に近寄って腰を屈めつつ笑顔を浮かべた。
「かわいいね、喉乾いてへん」
子供はあまり表情を変えないままコックリと頷いた。
「お母さんと一緒に歩いたらしんどくなれへん?」
子供は今度は小さく首を横に振った。
私は相変わらず子供の頭を撫でながら呟いた。
「大人しい子やからな、走り回る子やったらお母さんも大変や」
言いつつ、目の前で腰を屈めている水口の胸元がチラッと眼に入った。そもそも大柄だ。発育も平均以上。胸も既に膨らみがはっきりとしていて妙な色香が匂うのだった。
「徳田が参りよるんもしゃあないかな…」
腹の内でそう思うのだった。
皆思い思いにあれこれと喋りあって多少の時間が過ぎた。夕方の買い物に近所の主婦たちが公園の中を歩いている。
萩野が心配し出した。
「どの辺まで買いに行ってはるんやろ」
「バス通りに面したあっちの市場に近いとこにあったで」
私たちが良く利用する市場とは別の離れた場所にも市場があった。その辺の地理をあまり私は知らなかったし学校の区域も違っていたが、氷も牛乳も元は液体で、似たような関係で知っているのだと水口が言った。ほんとかどうかは知らない。
悟君も思い出すように言った。
「ああ、あの辺にあったな、ちょっとあるな」
ママさんは近いと言っていたがそうでもないようだった。
萩野は水口と悟君に場所を訊いていた。何度か頷いた後に言った。
「俺、ちょっと見て来るわ。途中で何かあったかも知れん」
私も急に心配になった。
「篠田、この子頼むわ。俺も見て来るわ」
篠田はウンウンと頷いた。
私と萩野は一緒に走り出した。二人とも真剣な顔だった。
続きます。