皆ゾロゾロとかき氷の売り場の周りに集まってきた。私は篠田の近くに歩み寄りママさんにコックリと頭を下げた。ママさんは、きょうもやはり大人しい女の子に寄り添うように植え込みの縁に座っていた。
「聞いてるよ、二人で色々やってくれたんやね、ようけ集まってくれておおきに」
私は篠田の顔を横目でちろっと見た。言わぬでも良いのにママさんに手柄話をしたようだ。篠田はえっへっへと頭を掻いた。
女子たちの中にはとっくに食べている者や既に食べ終わった者も居る気配だった。
私は篠田に小声で訊いた。
「いくつ売れたんや」
「五つくらいやな」
しかし氷はまだたっぷりある。これが溶けぬうちに売ってしまわねば。
篠田はこことばかり声を張り上げた。
「きょうはええ試合やったがな。皆ご苦労さんや、仕上げにかき氷どうでっか」
萩野が小馬鹿にしたように笑った。
「なんやお前、副審が仕事もせんでかき氷売りになったんか」
篠田はえへへと笑うが、ママさんがちょっとばかり申し訳なさそうな顔をした。いえいえ、そうじゃないです--とばかり萩野も思い切り笑う。
「せっかくやから僕らも食べよか、作ってもらえますか」
ええよええよとママさんは頷く。
「いくらやのん」
篠田が弾けるように答えた。
「大きいのが十円、小さいのが五円や」
「お前はええねん」
浅丘が三組の主将として女子たち全員に礼を言った。
「三組も四組も、女子たちみんな応援ありがとうな。きょうはええ思い出になるで」
皆からパチパチと拍手があがった。
「俺らはかき氷食べて帰るけど、女子たちも食べたい人はご自由に」
悟君は田中君と相談している。
「どないするお前」
「おお、食べよや」
田中君が悟君に耳打ちするように言った。
「チラホラ見てたけど、このおばちゃんえらい美人やな」
「ふふ、君ちゃんに怒られるで」
「ええがなそれは、そやけどまだ若いし、おばちゃんというよりまだお姉さんや」
「そやなあ、どんな事情やろな、かき氷売りは楽やないと思うで。店構えてたら別やけど」
さすがに中学生は言うことが違うのだ。
ぼそぼそ言っているところに、水口が悟君に近寄ってきてピッタリくっ付いた。徳田はそれを見逃さない。難しそうな顔つきになっている。私は徳田の顔をチロチロと観察した。徳田は悟君が水口の従兄であることを知らない。勿論このまま黙っているつもりだった。
試合の最後まで付き合わなかった女子も居たが、それにしても合わせると結構な人数だから、ベンチの数も少なくもとより全員が座って食べられない。ずっと立ったまま応援していて足がくたびれた者もあったろう。それを察したか、浅丘が言った。
「女子が先に食べてしまえや、俺らは後で立ったままでええがな」
ママさんはフル回転でハンドルをグルグルと回し、篠田が整理係をやり始めた。
「ドンドン作るからな、順番に並んでや」
女子たちは長椅子のベンチにチョコッとお尻を乗せるような形で大勢が座ってペチャクチャ言いながら食べている。早く食べないとウエハースが溶けてくるのだが、さりとてこめかみが痛くなったりする。
水口が気になりながらも、徳田はブラブラと歩きながらその都度メンバーに声をかけていた。
「福田、きょうは良かった、ええピッチングやったで」
またちょっと歩いて
「橋田、この前のことは気にすなや、きょうは見直したで、四組のエースや、一本くらいホームラン打ちたかったけどな」
橋田はさっきと同じようにやや決まり悪そうにしつつも、おおきにおおきにと何度か頷いた。その肩を徳田がポンとまた叩いた。試合が始まった頃の徳田とはまるで人が違ったようだ。
黒田は相変わらずやるせない顔つきで腕を掻いており、井筒は後ろの方で森や太田と並んで突っ立っていた。この三人は大体のことは成り行きのままに任せる感じだ。その井筒を徳田が認めてゆっくり近寄った。井筒はボーッと立っていたが森と太田はちょっと身構えた。
「お前、井筒やったな」
井筒はごく普通にウンと答えた。
「上手いな、誰かに教えてもろてるんか」
「いや別に、教えてもろてるとか…」
井筒が口ごもっているので横に居た森が言った。
「兄さんが高校で選手なんや」
徳田は驚いたような表情を浮かべた。やっぱりそうか…。
その高校の名を言うと、徳田は更にビックリした。
「そうかいな、どうりで上手いはずやがな。いつかこっちが教えてもらわんとあかんな」
言われても井筒はただ手を横に振って決まり悪そうにするだけだった。教えるなんて--というのは井筒の本心だったろう。しかしぼそぼそと呟くような口調ながら、それで四組を教えた井筒には教えるセンスも備わっているように私には思えた。
女子たちは、後の予定がある者はまたねと言って、ある者はグループになって帰宅し始めた。やや疎らになってきたところで男子が全員順番が来るのを待っている。水口も君ちゃんもまだ食べていない。
そこで問題が起きた。氷がなくなってしまったのだ。