雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘--46

子供のジャンケンでいちいち先を読む者は居ない。あっても少数だろう。最初に何を出すかくらいは決めるものだが後は条件反射のようなものだ。二人がタイミングを揃えてパッと出したら二人ともパーだった。不思議なものだが、何故か最初はパーを出すことが多いのだった。

あいこで…ショッと出したら偶然か読んだの二人ともグーだった。全員がもう一度掛け声をあげた。あいこで…ショッと、今度は橋田がパー。福田はまたもグーだった。

私は大きな声で宣した。

「パーの勝ち!四組の橋田君の勝ちです」

福田は思わず崩れ落ち、橋田は両手を挙げて「やったー!」と叫んだ。

四組女子たちから一斉に歓声があがった。三組女子たちからは一旦はため息が出たが、直ぐに拍手を送った。勝ち負けは一応はあるが、女子たちは元々そこに拘っている様子はなかった。双方の検討を全員で称えたのだった。

 

「結果はこの通りです。きょうの試合は6対5の一点差で四組の勝ちとします」

私が更に宣すると、萩野も満足そうに頷いた。そして私の肩を軽く叩いた。

「お前の審判もなかなか良かったで」

「おおきに」

最後は全員が整列して終了の挨拶をした。双方の女子たちからも再度の拍手があがり、萩野と浅丘が自然と歩み寄って握手をした。

浅丘が言った。「ええ試合やったな、色々あったけど」

萩野が応じた。「ほんまや」

二人の中学生もニヤニヤしながら何かを囁き合っている。主審たる私は、一応全てを代表して二人に礼を述べた。

「ほんまにきょうは、ありがとうございました」

「ええのやええのや、あんまり役に立たんかったけど、おもろかったわ」

悟君も田中君も互いに見合ってニヤニヤしている。

 

ジャンケンをちょっと遠目で傍観していた徳田が橋田に歩み寄った。橋田は一瞬構えたような表情を浮かべたが、意外にも徳田は穏やかだった。

「橋田、きょうはなかなかのピッチングやったやんけ。見直したで」

橋田は躊躇う。

「え、まあな…。おおきに」

教室に怒鳴り込んできたときの徳田の表情とは打って変わっているので少々気味が悪かったが、橋田は照れ臭そうに笑った。その肩を軽くポンと叩いて徳田は振り返った。

「審判もお疲れさんやな、そやけど、副審の篠田は一体どこで何をしてるんや」

言いつつもその眼は笑っている。

「あそこやがな」

 

私は女子たちの後ろのかき氷売り場で腕組みしている篠田を指さした。その眼がずっとこちらを見ている。その表情はやや難しい。多分ここからの商売を気にしているのだろう。付近には水口も居た。徳田の視線は一旦篠田に行ったが、直ぐに水口に移った。

後になれば、徳田の気持ちは良くわかるのだった。当時の私には異性の誰かを強く想う経験がまだなかった。ほんのりかすめるようなことがないでもなかったが、異性を意識するほどのものではなかった。その甘酸っぱく切ない想いは中学生になって初めて経験をしたのだった。徳田には既にそれがあった。気になってしょうがない存在がそこに居る。しかしどうにもならない。やり切れなくじれったいその感じは、当時の私には実感としてまだわからないのだった。

 

しかし徳田が水口に憧れていることは充分に解かる。そこで私はふと思い立った。徳田をその気にさせれば皆も多分追従するのではないか。

「徳田君、きょうはええ試合やったし、打ち上げの意味であそこでかき氷食べへんか。女子もいっしょやし、こんな楽しいことは滅多にない。このまま帰るのはもったいないで」

水口の近くにそれとなく接近できるチャンスだ。こんなチャンスは滅多にないのだ。徳田は私をキラリとした目で見つめた。

「そやな、食べるか」

そう言って徳田は皆を振り返った。

「おいみんな、あそこでかき氷食べよや。ちょうど喉も乾いたし」

萩野が応じた。

「ええな、食べよ食べよ。皆十円玉くらい持ってるやろ。ない奴は借りとけ」

浅丘も応じた。「よし、皆でかき氷で乾杯や」

女子だけでもそれなりの人数だし、きっと喉も乾いたのだろう、なかには既に食べているのも何人か居た。これに双方のメンバーが加わる。これはかなりの売り上げになるぞと、私は又しても腹の中で喝采を叫んだ。

 

続きます。