雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘--38

「浜田!」

プレーをかけようとした時突然後ろから呼ばれた。

「お、篠田」

走ってきたのだろう、篠田は息弾ませて言った。

「ママさんくるで」

ひとつ手柄を立てたような得意顔をしている。

「おおそうか、良かった。今どこに居てはんねん」

「こっちへ向かってる。もうそろそろ見えるはずや」

私は女子たちの集まりを見た。ほとんどがそのまま観戦している。全部とは言わぬでも半分でも買えばかなりの売り上げになるはずだ。計算は鈍いが一人五円としても何人居るのか。

篠田は言った。

「俺な、ママさん来はったら女子に言い含めるで。宣伝やがな。氷喰いとうなるように仕向けるんや」

私は頷いた。

「もちろんや、頑張ってくれ。今日はちょっと花曇りやけど、俺も喉が渇いてきたがな」

「ええ塩梅や、タイミングバッチリやがな。ママさん来たら俺は店広げる手伝いや。うまいとこで試合が終わったらええんやけどな」

「そんなうまいこと行くかいな。けど、大体ええ具合になってるがな」

ボソボソト二人で呟く。

「おい、何やお前ら、またひそひそ話か」

次のバッターの橋田が試合を即した。長谷川と一緒に怪訝な顔をして突っ立っている。その長谷川が珍しく篠田に問うた。

「篠田、お前副審やろ。それが何もせんとどこへ行ってるんや」

キャッチャーの仕事をしながらも長谷川は意外に他に注意が行くのだった。

「あーわかったわかった。後の楽しみやがな。楽しい野球の後は楽しい憩いの場やで。きょうは女もようけ居るし、ええとこ見せたいとこやがな」

わっはっはと篠田は笑った。橋田も長谷川も意味が解らずじっと篠田を見た。萩野もちょっと離れた位置から腕組みしてこれを眺めていた。

 

「行くでほな」

篠田は私の肩を叩いて飛ぶように走って行った。私もつい腕組みをして満足げに篠田の後姿を追った。別の公園では酷い目に遭ったらしいから、こっちでその分商売してもらいたいと切に願うのだった。

「浜田、そろそろええか。野球やるで」

「おうすまんすまん」

長谷川に即されて私は元気よくプレーをかけた。篠田には篠田の仕事。私には私の仕事があるのだった。

ピッチャー福田が腰を屈めて左手を膝に着く姿勢でポーズを決める。女子たちの前で打つ方ではあまりぱっとしない福田の決めポーズだ。凡そストレートとカーブ、後はコースだけの、あるのかないのか知れぬ程度の長谷川のサインをじっと見る。ちょっとダレて突っ立っていた他のメンバーも守備姿勢になった。

ふと気が付くが、徳田が妙におとなしい。こんな隙を利用して水口をチロチロと見ていたのだろうか。悟君はそれには多分気が付いていない。私もチラッと水口を探したが仲間の陰に隠れて様子は分からなかった。

 

福田は一塁ランナーの井筒をチラッと見て橋田のバントを警戒した。これはプロを真似たポーズも混じっているが、橋田はあまり打力がないから、うまく送れればチャンスがが拡がる。

初球の真っすぐを橋田は見送った。ちょっと外の低めへ外れた。二球目はそれよりちょっと内。橋田はそれを叩いて、ボールはファーストに向かって転がった。浅丘がスッと走ってそれを捕り、そのまま橋田を追いかけてベース手前でタッチ。悟君が勢いよく右手を挙げてアウトを宣した。この間井筒は二塁に達した。ワンアウト二塁。

次のバッター福永は当たり損ねのピッチャーゴロ。手頃に見えたのか、それまでは鋭く当てていたのに思わず振り回してしまった。福田が難なく捕ってファーストへ送球。福永はアウト。井筒は動けず。ツーアウト二塁。

 

次の三番バッターの桜井はそれなりの打力がある。一球二球外れて、気合を入れて投げた三球目、やや内に入った球を桜井はしぶとく打ち返した。良い当たりではなかったが左中間レフト寄りの上手いところに落ちた。四組全員が回れ回れの合図をし、井筒も行けると判断した。しかしレフト新井がこれをうまくさばいて一目散にホームへ投げた。球はワンバウンドしたが長谷川がうまく捕球してベースを塞いだ。井筒は諦めてやんわりと長谷川にぶつかった。スリーアウト。

応援女子たちのため息と歓声が混じった。

 

「新井、ナイスや!」

鋭い声が飛んだ。徳田の声だった。徳田は右こぶしを挙げてガッツポーズを新井に送った。関係の悪かった新井はちょっと戸惑ったが、ニコット笑って右手で返礼する格好になった。

徳田は何かが変わった。戸惑いつつも新井もそれを感じた。福田も新井を待って肩を叩いた。

「お前、意外に上手かったんやな」

「まぐれやまぐれ、いつも期待したらあかんで」

二人の声は弾んでいた。

一点差で最終の七回表。三組の攻撃が始まる。先頭バッターに入るべき主将浅丘が徳田に駆け寄って何事か話している。徳田は何度か頷いて聞いている。攻撃の作戦だろうか。

 

続きます。