雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 32

現時点で四組は二点のリードがある。主将の萩野はこの現実に自信を持っていた。井筒の参加によって前回とは練習の質も量も違っている。更なる加点も充分に見込めた。多少のゆとりを感じつつの四回裏の四組攻撃だ。

しかし先頭の橋田はサードフライ、二番福永はセカンドゴロ、三番の桜井がレフトにヒットを放ったが四番の萩野が詰まり気味のレフトフライになった。レフト新井が難なく捕ってスリーアウト。

三組主将の浅丘が福田に合図を送った。「ええどええど」

徳田も福田に声をかけた。「ナイスピッチングや」

福田も手を挙げてこれに答えた。先ほどまでとはまるで違う三組の雰囲気だ。

四組にとっては冴えない回だったが野球はこれが普通だ。点の入らない回の方が多いのだ。なにがどうということもないのだがしかし、三組の雰囲気に--和--ができつつあることははっきりと感じ取れるのだった。

 

五回表の三組の攻撃。

萩野が両手を挙げて守備陣に合図しながら締めの声を発した。

「締まって行くで締まって!」

先頭バッターの主将浅丘が萩野に向けてアッカンベーの舌を出しながらボックスに入った。

それを受けて萩野がからかいを言った。

「えらい舌赤いで、毎日何舐めてんねん」

浅丘が応酬。「悪いな、お前と違うてええもんいっぱい舐めてるがな」

「病気とちゃうか」

「いちいちうるさいでお前、早よ投げさせや」

「お前が舌だすからやんけ」

「ケッ!」

 

眺めるのも面白いが、私は注意した。「二人ともプレーに集中するように」

難しい顔で二人を眺めていた橋田が振りかぶった。

一球二球と上外へと大きく外れた。

萩野が声をあげた。「力抜けちから!」

返球を受けて橋田が頷く。三球目、やや外の真っすぐを浅丘は素直に弾き返した。ライナー性の打球がセンター右に飛んでヒットになった。次のバッターは徳田だ。徳田の実力は女子たちも知っている。

「一発行ってや徳田君!」

俄かに飛んだ三組女子からの切れるような一声。小学生女子が一発行ってやと叫ぶ穏やかな時代だった。

徳田の顔が引き締まった。

力んだのか橋田の一球目は手元が狂って殆ど徳田を目がけたように向かってきた。徳田は「うわっ!」と悲鳴をあげてひっくり返った。萩野が辛うじて捕って暴投を免れたが、内心まずいと思った。徳田とは経緯があるしまだまだ慣れない間柄だ。もっとびくついたのは橋田だろう。揉めるかも知れない。起き上がった徳田に橋田がマウンドを降りて、すまんすまんと合図を送った。

ところが意外にも徳田は怒らずに、ええからええから、と片手を挙げてズボンの泥を叩いた。

萩野が弁チャラ風に言葉をかけた。

あいつだいぶ力んどるな、なんせバッターがお前やからな」

徳田は受け流した。「気にするなや」

何だかちょっと雰囲気が違うなと萩野は思った。どんな風の吹き回しか。

走れば面白いタイミングだったが浅丘はじっとしていた。打者が徳田なので無理をする必要はない。

二球目、今度は際どい球を投げる訳にはいかない。スピードはあるが真っすぐの球を徳田は鋭く跳ね返した。球はライナーで左中間を割って飛んでいき、浅丘は転がる打球を見ながらグルグル走り、一気にホームを駆け抜けた。

「ホームイン!」

私の見せ場はジャッジの時しかない。ひときわ大げさに両手を広げた。三組五点目。徳田は二塁に達した。三組から一斉に歓声があがった。

萩野がニヤニヤしながら嫌味を言った。

「そない大げさにせんでも誰が見てもわかるで」

私は無視して何となく二塁上の徳田を観た。ホームランではないが鋭い打球のツーベース。しかも点が入った。ちょっと誇らしげだ。その顔で、さり気なく水口を探しているようだった。それはそれでやはり気になるのだった。

徳田は思い新ただった。彼女は今の自分を見ただろうか。今度はホームランを見せたるで。

続きます。