雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 23

四組は得点は入ったがその後の攻撃に失敗した。普通にあることだからどうということはないが惜しいチャンスだった。こんな後はやられる可能性が高い。

萩野が橋田にひと声かけた。

「相手は一番からや、仕切り直してきよるやろ、気い付けや」

「わかってるがな、俺は残りの回全部で三点までに抑えるつもりや」

橋田にしては知性のあることを言った。

「よしよし、それくらい柔らかい方がええな」

萩野はポンと橋田の肩を叩いてキャッチャーの位置に戻った。

しかし一回目の打席と違ってバッター新井は今度はしつこかった。四組のバッティングを観察したのだろう、しぶとく当てるバッティングになっていた。結局ツーストライクを取られてから五球ファールで粘り、次の球をセンター返しに打って橋田が避けながら出したグラブを弾いた。これをセカンドの福永が捕ったが一塁には投げるまでもなく間に合わなかった。 ノーアウト一塁。 

二番の安井はバントの真似をしたがこれは形のみで、二球ボールを見送った後ヒッティングに出て強い打球のサードゴロになった。櫻井がこれを捕ってセカンドの福永に送り新井はフォースアウト。福永はすぐさまファーストに投げた。

際どかったが安井が走り抜けて中学生はセーフを宣した。元々子供の野球に塁審など居なかったからひとりでも居るのは贅沢だったが、塁は三つなので忙しい。セカンドのアウトを宣した後のファーストのタイミングだが、セーフの宣告に橋田が顔をしかめた。

「ええ、アウトとちゃいますか」

福永も不満そうだがこれは顔だけで、井筒も何も言わなかった。もともと井筒は判定に文句を言う性格ではなかったろうが、安井が早かったのだろう。その安井が笑いながら言った。

「審判は絶対やがな、なに文句あんねん」

中学生が重ねて言った。

「セーフセーフ、俺は反射神経も視力もええんや、距離はあったけど、よう見えてるで」

四組としては一応の文句だが、しょうがないところではあった。

 

ワンアウト一塁。安井がファーストに残る形でプレー続行。三番の浅丘は要注意だ。主将だしそれなりに強打者だった。

萩野がまたブツブツと言い始めた。

「浅丘、お前とは長い付き合いや、三組も妙にややこしいな、苦労を察するで」

浅丘は小鼻を膨らませた。

「あほらし、小学生で長い付き合いてなんや」

「長いがな、お前とは幼稚園の前からの顔見知りやで、人生の半分以上や」

「それがどないしてん」

「そやからな、ここで一発打ってキャプテンの威信を取り戻して欲しいと思うてる訳や」

言っている最中にも橋田が一球目を投げてきた。低めのボール臭い球を浅丘は空振りした。むしゃくしゃする感じの強振だった。

浅丘はそのまま素振りを二度くれてとぼけた。

「ややこしいて何のことやねん」

萩野は徳田に聞こえぬように小声で言う。

「知ってるがな、野球はチームワークや、ひとり偉そうなんが居ったらやりにくいもんや」

橋田が二球目を投げてきた。高めを今度は見送ってボール。カウントワンワン。

返球しながら萩野は続けた。

「四組の俺には関係ないけどお前も大変や、まとめるのも苦労やろ。まとまりのええうちの組見てみ、徳田が怒鳴り込んできよったせいで結果的にこのまとまりや」

萩野は立ったままなので橋田は投げない。浅丘も構えを崩して言い返す。

「何が言いたいんや、四組のまとまりなんか知らんがな、うちの組のことなんかほっといていんか」

「三組のことなんか心配してるかいな、お前のこと心配してるんや。外から見てたら三組のキャプテンは徳田に見えるがな。ここらで一発打って威信を取り戻さんかいな」

浅丘はムッとした。「俺がいつ威信をなくしたんや」

「そう見えるっちゅうこっちゃ。お前はキャプテンやから、一発ガツンと打って存在感を見せんといかんやろ」

浅丘は馬鹿にするように笑った。

「お前もけったいな奴っちゃな、キャッチャーは相手に打たせんようにやるもんやろ」

「そらそや、そやけど励ますのは別や。なんちゅうてもお前との友情やがな」

「あほくさ、顔見知りなだけやで」浅丘はうんざり気味の顔を私に向けた。「ええから早う投げさせや、審判、注意せんかい」

面白いのでつい聴いてしまったが私は審判だった。浅丘の言を受けて萩野に注意した。

「萩野、試合に集中…」

言い終わらぬ内に萩野が手で制した。「はいはい、わかってるがな」

ようやく萩野はしゃがんで橋田に合図した。

浅丘はむしゃくしゃしているはずだが、より徳田には苛ついているはずだった。

複雑な心境だった。浅丘に少々威信を取り戻して欲しいのは私も同じだった。徳田の方が威張っている感じはどこから見ても気持ちの良いものではない。かと言ってわざと打たせるはずもないが、四組としては徳田に打たれぬように特に注意するのみだった。後は極普通の成り行きだ。

その徳田を私はチロチロと見た。徳田が水口をマメにチロチロと見ているのを私は見逃さなかった。相当気になっているのだ。水口は隣の女子と喋ったり時折後ろに下がって、きっと世間話をしているのだろうが、無論徳田など眼中にない。

三球目、橋田は真ん中高めのストレートを投げてきた。

「ほんなら一発、釘刺したろかい!」浅丘はそんなことを叫びながらバットを振り回した。

ガツンと当たって球は勢い良く左中間に飛んだ。浅丘らしい強い当たりだった。三組が一斉に腕を回し、安井が一気にホームまで走り抜けた。

「ホームイン!」

久しぶりの見せ場に私は両腕を広げ、声高らかにジャッジした。

三組女子がようやく喝采。センターの森が福永に返球してきたときには浅丘は二塁に難なく到達していた。萩野は気力を削ぐ計画だったかも知れないが逆に気合が入ったのだろう。

ようやく三組に一点入ってワンアウト二塁のチャンスだ。ここで徳田の打順を迎えた。水口の居る前でランナーを置いての徳田は燃えているに違いなかった。

続きます。