雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 26

勿論、萩野にそれ程の悪気があった訳ではない。どんな関係か知らないが、いっしょに居る中学生女子は想像するにどうやら彼女だ。その前だから多少の威勢を張っている。

しかし小学生とはいえ他の女子たちが大勢来たら、その前であまり怒りを見せていてはみっともない。だから適当に形が着く----そんな考えだった。なにより、こっそり逢っている関係が噂になるのはちょっとまずいだろう。相手が小学生でも、その内誰が知り合いか知れたものじゃない。怒ってばかりいるとイメージだって悪くする。それに本音を言えば、あちらの中学生がドギマギするのも、それなりに見ものでもあった。

 

「君、びっくりさせて悪いな、どっか当たったんか」

こっちの中学生が優し気に微笑みを混ぜた。

女子体操部はちょっと首を振って小声で言った。

「別に当たったんとちゃうけどね」

聞けばどうやら長谷川の打球は木の枝の茂みを突っ切って座っている彼女のすぐ横に落ちた。跳ねた球が近くの木の幹に当たってまた跳ね返り男子中学生を掠めた。

掠めたと言っても本当のところはどうだったか。どれほど危なかったのか実際わかったものじゃない。

「なんや、結局当たってへんのかいな」

「そやけど、びっくりしました」

女子体操部はややむくれた。割と向こう意気は強そうだ。

「そらびっくりしたやろけど、当たってへんのやったらお前がそない怒らんでも」

こっちの中学生が一方に向かって諭すように言った。ふたりのやり取りを、私も一応は主審であるが故に心配ではあった。

「別に、そんな怒ってへんがな」 

「そやけどボール返してくれへんのやろ」こっちの中学生が振り向いて話を太田に向けた。

太田は小声でしょげている。元々身体も小さく声も小さい。しょげたら雰囲気ピッタリだ。

「すみませんと謝ったんですけど、当たったらどうするつもりやったんやと言うて、うう…」

演技かどうか知らぬが鼻水混じりだ。

こっちの中学生が頭を掻いた。

「そらそやろうけど、それ言い始めたら話が終わらへん。こいつも守備に着いてただけやし、そない怒ったら可哀そうやがな。適当に勘弁してやったらどやねん」

言われもてあっちの男子中学生はブスっとしている。

 

そこにゾロゾロと女子たちも他のメンバーも集まってきた。全員が揃うとかなりの数だ。

やって来た水口がこっちの中学生に尋ねた。

「悟ちゃん、どないしたん」

こっちの中学生は悟ちゃんと言うらしい。以後は悟ちゃん。

女子中学生を見て、三組の幸ちゃんという女子が驚き混じりの声をあげた。

「いや、君ちゃんやんか、こんなとこでなにしてたん」

女子体操部の名前は君ちゃんらしい。以後は君ちゃん。君ちゃんはちょっとギョッとしている。

悟ちゃんが幸ちゃんに訊いた。「なんや知り合いかいな」

「うちの姉ちゃんの友達。おんなじ組やもん、何度もうちに遊びに来てる」

「なんやそうかいな、世の中狭いなあ」

「うちには兄ちゃんも居るけど、君ちゃん可愛い可愛い言うてお気に入りやんか」

「ほんまかいな、そらこれだけ可愛いとな、体操部やし」

君ちゃんは悟ちゃんを睨んだ。体操部関係ないでしょという顔をしている。

あっちの中学生が思わず君ちゃんを睨んだ。君ちゃんは何か言いたげだが黙っていた。

幸ちゃんは続けた。

「兄ちゃん高校生やけど、君ちゃんに夢中。鬱陶しいからどっか行ってたらええねんけど、君ちゃんが遊びに来るときはなんか知らんけど家に居るねん」

 「うん、わかるわかる、わかるで。そういうもんや世の中は」

悟ちゃんは納得ずくで腕組みしている。おもむろにそれをほどいて、一方の中学生に歩み寄って肩に手を回した。

「なあ田中、きょうは組対抗の大事な試合らしいんや、あまり怒らんとってくれんかな」

一方の中学生は田中と言うらしい。段々名前が判明する。以後は田中。

悟ちゃんは続けた。

なんやったら、ここで事情話して、皆から謝ってもらうか、そこまでしたら許してくれへんかな」

田中君はちょっと慌てた「べ、別にそこまでのことやないけど」

悟ちゃん尚もはしたり顔で田中君を諭した。

「おまえ、気持ちは解るで。一緒の彼女がビックリしてヘラヘラ笑うてる訳には行かへん、ちょっとは言うとかんとな。せやけど、あんまり度が過ぎると女の子はギョッとするんやで」

田中君は痛いところを悟られたような顔で悟ちゃんを見た。もっともらしい顔で悟ちゃんは見返す。何度か頷いている。

「ギョッとするとどうなるか解るやろ、ちょっと、気分的に間が空くと思うで」

やり取りを見ていて、この中学生、つまり水口の従兄であり、今のところ彼氏でもあろう悟ちゃんは、なかなかくせ者のようだった。水口が気分的に大人なのは、従兄にこういう中学生が居るからだろう。私はそう推察した。

 

「ようけ集まって来たからみんなに知られてしもうたがな。お前がそない怒らんとすんなりボール返してくれたらバレることもなかったのに」

田中君はボールを握ったまま口を尖らして黙って突っ立つ。

悟ちゃんは続けた。

「ええからええから、心配すんな。俺も学校で誰にも言わへんで。約束や。ここの皆も小学生やし、何があっても知れてるがな。問題は幸ちゃんとこやな」

田中君と君ちゃんはチロチロと顔を見合わす。
「おーいみんな、二人がここに居ったことは内緒やで、こういうもんはな、邪魔する奴はゴンボや」

皆クスクス笑っている。雰囲気が和やかになった。見計らうように悟ちゃんが田中君からボールを受け取った。

と、そこで、君ちゃんが一声発した。

「幸ちゃん…」

「え」

「今の話、そうやったん」

「なにが」

「お兄ちゃんのこと。うち、恵ちゃんから遊びに来い来いとよう誘われるから行くねんけど」

恵ちゃんというのは、幸ちゃんのお姉さん、つまり君ちゃんと仲の良い同級生のことらしい。つまり恵ちゃんがお兄さんの委託を受けて誘っているのではないかと推理したのだ。

ちょっと考えたが、察した幸ちゃんは何度も両手を横に振って笑った。

「ちゃうちゃう、お姉ちゃんもお兄ちゃんのこと、鬱陶しい奴や言うて困ってるくらいやし」

何だか話が余計なところへ展開してしまった。君ちゃんは不振顔で、田中君も渋い顔つきになっている。

こんなゴチャゴチャに紛れて、徳田がいつの間にか、スッと水口の真後ろに立っているのが見えた。

 

続きます。