雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 25

高く上がったボールは、それを見上げて追いかける太田の遥か頭上を飛んで、公園の周囲に設置されている植え込みの中に飛び込んだ。一瞬、キャッという悲鳴らしきが聞こえた。植え込みにはちょっとしたギリシャ風のテラスが構えられていて、茂みに囲まれるように椅子代わりのオブジェが幾つか点在していた。きっと座っていた誰かの近くにボールが落ちたのだろう。

ノーバウンドでここに飛び込めばホームランの取り決めだ。中学生はその決まりを知らないが想像はつく。一応はレフト側に走りつつ、ぐるぐると大きなジェスチャーでホームランを宣した。水口の前でええかっこしたいのはこの中学生も同じなのだった。わかっては居るが、意外にわざとらしい奴だなと思いつつ、私も負けずに右腕をぐるぐると回した。

 徳田がホームを踏んだ。全然喜んで居ない。まあそうだろう。打ったのは自分ではない。本来は自分が打つ予定だった。

続けて長谷川が、子供にしてはの巨体を揺さぶりながらユタユタドスドスとした感じでホームインした。

「長谷川くん、やるやんか!」三組女子たちのやんやの喝采

「えらい損した。言わんかったら良かった。ホンマに打ちよってからに」

萩野が長谷川に、半ばしかめ面、半ば苦笑いを向けてぼやいた。あまり表情を出さない長谷川も、一応は--へへへ--の顔を浮かべて満更でもない。長谷川の雰囲気は後のドカベンと似通っていた。

 

 萩野はそのまま橋田に駆け寄った。内野も集まった。橋田は急に勢をなくした感じだった。

萩野が後ろ頭をかきながら言った。

「すまん、ちょっと調子に乗せてしもたわ」

一応は元気付けようとの思いだ。

「同点なってもたな」

「追いつかれるのが早すぎるがな」

福永と櫻井がボソボソと呟く。そこに井筒が申し訳無さそうに割り込んだ。

「全然平気やと思う…」

萩野が同調する。

「そやがな、大体きょうは打ち合いやで」

井筒が続けた。

「前と違うて、うちも打てるようになってる。そやから四点取れた。けど、三組は元からうちより実力があった。これが当たり前で、今はうちも互角やと思う」

萩野が大げさに頷いた。

「そやがな、ここでしぼんでどないするねん。ここからビシッと行くんや」

そう言って萩野は橋田の肩に手を回した。

「お前しか居らんのやで」

こういうところは、なかなか萩野の良いところだった。これ故のチームリーダーだった。

 

とそこへ、太田の後から植え込みに入ったセンターの森が出てきて「おいおい」と呼ぶのが聞こえた。なにかあった気配だ。

「どないした」萩野も皆も森に駆け寄った。「ボール見つからへんのか」

「ちゃうがな、あのな、茂みの裏にアベックが居ったんやけど、当たったみたいなんや。男が怒っとんねん。太田掴まえて偉い剣幕や。ボール握って返してくれへんがな」

「なんやて、オッサンか」

「いや、中学生みたいや」

そこへこっちの中学生が割り込んだ。「なんや中学生て」

森がカクカクシカジカと説明する。こっちの中学生は陸上部。背も高い故一応の自信がある。

「どれどれ」と森より前に出て茂みに駆け寄った。皆ゾロゾロと後を追う。当然私も後に続いた。なにかあったのかと、遠目に女子たちも皆不審顔になっている。

茂みに隠れるように太田が立っていて、お尻が半分見えている。

「おいおい、どないしたんや」太田を押しのけて、中学生が茂みの裏に回った途端「あれー?」と素っ頓狂な声をあげた。相手の中学生と思しきも「あ!」とこれまた驚声を発した。その横で女子中学生とこれまた思しきが、この瞬間の事情を飲み込めずにボーッと突っ立っているではないか。

 

こっちの中学生が思わず尋ねた。

 「な、なんやお前、こんなとこで何してんねん」

「な、なんて…」と一方の中学生。甚だ当惑顔で突っ立ってボールを握ったままだ。

どうやら二人は知り合いらしい。とすると女子中学生と思しきは誰か。なにやら妙な具合になってきた。

こっちの中学生が視線をキョロキョロと二人を往復させた後、他人の秘密でも知ってしまったかのような小意地の悪そうな口調で言った。

「ははーん、そうやったんかいな、へえ…全然知らんかったわ」

「な、なんやねんいったい」

「なんやねんて、見たらわかるがな、それ以外のなんやねんな」

「な、なにもあるかいな」

「なにものうてこんな隠れたベンチにふたりで座ってやね、他になにがあるんや」

「なにもないがな」

「なにもない? ほんまかいな」こっちの中学生の目が狐のように鋭くなった。

一方の中学生は咄嗟に話をかわす。

「お前こそここでなにしてんねん」

「へっへっへ、まあええ」とこっちの中学生は笑ってから太田を振り返った。

「心配せんでもええで、こいつ前から知り合いや、俺が話つけたるがな」

ホッとしたのか、太田はペコリと頭を下げた。

さらに女子中学生と思しきに向かって妙な優しさを漂わせた。

「君、2年生やな、なにも起きひんから心配せんでええで。学校で見かけたことあるがな。体操部やろ、ちょいちょい水着みたいな格好で練習してるやんか。あんなん見たら誰でもイチコロや」と一区切りして向き直り「お前良かったなあ、可愛い娘やんけ、ほんま羨ましいことやで」と一方の中学生に向かってやたらなニヤニヤ顔だ。

いくら小学生でもここまで聞けば事情は解るのだ。萩野がこれまたニヤニヤしながら森を手招きした。

「おい、皆呼んでこい、女どもも呼んでこいや。ええからちょっと来いやって」

森は歯をむき出して笑いながら駆けた。弾むような足取りだった。

 

続きます。