雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 31

徳田は福田に駆け寄って肩を叩いた。

「気合入ってたがな、ええピッチングやった」

こんな掛け声など、徳田にしてはないことだった。先ほどの福田の態度から、徳田の内面にはちょっとした変化が生じていた。

「そうか、おおきに。結局打たれたけどな」

打たれたと言いつつも福田の声は弾んでいた。

「ええんやそれは、それ言うてたら野球にならへん、野球は取ったり取られたりや。今度はこっちがやり返す番や」

そんな徳田を浅丘がやや離れたところから見ていた。あいつどないしたんや、人当たりが急に…。

4回表はその福田からの攻撃だった。いささか気を良くしてのバッティングだったが、しかし気負ったのか、ほぼ真ん中真っすぐを打ち損じてのセカンドゴロになった。名手福永がこれを捕り、アンダースロー気味に格好をつけてファーストに送った。守備に自信のある者はここが見せ場だ。

次は一番に戻ってレフト新井。新井は何球かしぶとく粘ったがファーストへ放った鋭い打球を井筒にうまく処理された。井筒は魔法のスコップでも持っているかのように後ろに抜けるかと思われた球をスッと拾って駆け戻りファーストベースを踏んだ。悟君がすかさずアウトを宣した。

残念がる新井に徳田が声をかけた。

「新井、ええバッティングやんけ、鋭い当たりやったで。ファーストがあいつやなかったら完全にヒットや」

新井は答えるようにすっと手を挙げた。徳田と新井は成り行きからして良い関係ではなかったが、ほんのささやかなことから変わってくるものかも知れない。特に子供の世界は昨日喧嘩していても今日は良くなることが普通にあった。

 

次の打者は二番のセカンド安井。長打がないのでコツンと当てるバッティングを基本としているがしぶとさがある。一方の橋田も二人を順調に打ち取って気分よく投げてくる。

ストライクボールと一球ずつ続いたところで、返球しながら萩野が橋田にひと声をかけた。

「ええどええど、調子出てきたやんけ、球が生きとるがな、このまま行くぞ!」

橋田は真剣な表情で頷いて、やや内側高めに真っすぐを投げた。簡単にツーアウトをとった後だが遊ぶ気配はなかった。

打ちやすい球に見えたのか、安井はこれを思い切り振ったが詰まり気味のサードライナーになった。一瞬ワッと歓声があがったが、サードの桜井がこれに良く反応し、難なく捕った。三組の歓声はため息に変わった。

「アウト!」

田中君がオーバーなジェスチャーでアウトを宣した。誰が見ても判るアウトだが、なにしろ君ちゃんが見ている。田中君の張り切りは滑稽な程だった。

「スリーアウトチェンジ!」

私も負けていない。飽くまで主審は私だ。中学生に負けては居られないのだった。

三者凡退には終わったが、メンバーの心に変化が見られ、いささかムードに好転が現れた三組の攻撃だった。

 

続きます。