雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘--34

篠田が思わせぶりに言うから、もしかしてママさんになにかあったのかとドキッとした。

「待て待て慌てるな。あのな、俺、心配になってママさんほんまにきょう来てくれるやろか、いったいどこから来るんやろか、ちょっと心配になったんや。一旦そう思うたら気になってしょうがないがな。別に固い約束してる訳やないからな。それで、商売になりそうなその辺走って偵察してきたんや」

篠田は両手で半ば遮るようにしながら詰め寄るような私の腕に手をまわしてその場からちょっと離れるように即した。

従いながらも私は構わず訊いた。

「その辺て、その辺でママさん店出してるんか」

「それが普通やろ、幾つか回るのが商売やで。寄ったとこで商売になりそうやったらそこでする。客が切れたら他へ行く。そういうもんやがな」

いちいち世間ずれした言い方だが、この際はどうでも良かった。

「なるほど。で、ママさん居てたんかいな」

「お前、行ったことあるかどうか知らんけど、学校横の大通りの向こうな」

「知ってるがな、あの通り越えたら確か別の区やったな、そこがどないしてん」

「その辺に昔高射砲陣地があった話し知らんかな、あの辺に割と大きい公園があるんや」

「ああ、知ってるような知らんような…」

「どっちやねんな、まあええわ、あの辺ボロいアパートがようけあって昼間っからガキがようけ遊んでるがな」

「そこにママさん居ったんか」

「そや、けどな、そこでちょっとややこしいことがあって…」

 

篠田がそこまで言いかけたとき萩野から声が飛んだ。

「お前ら、ふたりで何をぼそぼそやってるんや、試合どうすんねん浜田主審」

振り向くと萩野とバッターの高田が並ぶように突っ立って私たちを睨んでいた。

私は咄嗟に右手を挙げてすまんすまんと言い、篠田もそれに倣った。

「すまん、ちょっとだけ待ってくれ。ちょっと事情があってな、大事な話なんや」

萩野が茶化した。お前にも事情があるんか。

「誰でも事情はあるがな。とにかくもうちょっと待ってくれ、直ぐに済むから」

拝むように二人にそう言って篠田を急かせた。

「手短に言えや、なにがあったんや」

「分かった、手短に行くで。その公園にな、ドンパチ屋っちゅう屋台が出てるんや」

「ああ、見たことあるかな」

「そのドンパチ屋がな、ママさんに言いがかり付けよったんや」

「なんや言いがかりて」

「決まってるやろ、ここで商売するなや」

「なんやて」

「俺、偶然そこに差し掛かったんや。ママさん何度も頭下げてな、ドンパチ屋がえらい怒っとるんや。子供も泣きそうになって、しょうがないから子供に免じて勘弁したる。けど、今度ここで店出したら招致せえへんとか言うて」

私はムラムラしながら聞いた。

「可哀そうにママさん、子供あやしながら泣きそうな顔で片付け始めて」

「お前黙って見てたんか」

「偉そうに言うなや、大人の揉め事に子供が入れるかいな。けど、ママさんに声かけて、そのままこっちの公園に来て欲しいと言うたんや。ママさんすっかりしょげてその元気ないんやけど、そこを勇気づけて、今日は試合でようさん集まってママさん待ってるからと、半分俺も泣きそうになったがな」

「えらいこっちゃったな」

誉め言葉と受け取った篠田は深刻顔を作って何度も自分で納得するように頷いた。

「それでママさん来てくれはるんか」

「それや。一応はそういうことになったから、それですっ飛んできたんや。けど、放っといたらそのままやっぱり帰ってしまいはるかも知れへん。なにしろすっかり元気なくして、そやから俺、これからまた行ってみる。ママさん絶対に来て欲しいからな」

「当たり前や、おまえ、ママさんを見といてくれ、何かあったら守るんや」

「言われんでもやがな」

そう言って篠田は駆けだした。その背に向かって私は叫んだ。

「頼むで篠田、逐一俺に報告するように」

篠田はちょっと振り向きかけたが、ちょっ首を傾げて再び猛スピードで駆けて行った。

 

「おい、もうええんか」

さすがに萩野が焦れた。

「なんや待ってる間に気が抜けてしもうたがな」

悟君も遠くから叫んだ。

「おーい、何やってるんや」

「すまんすまん、後でちゃんと説明するがな。皆にも関係あるこっちゃし」

萩野も高田も怪訝な顔になった。

「皆にも関係ある?」

「ええからええから、すぐにわかるこっちゃ、ほなプレー行くで、プレー!」

右手を挙げて鋭く宣したが、頭はそっちでいっぱいだった。

 

続きます。