雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 33

色々としたことがそれなりにありまして、随分更新をさぼりました。もうどこまで書いたのか忘れてしまいました。無事に続くのかもあやしくなりました。

本編どうぞ。

-----------------------------------

徳田は二塁にあってバッターは長谷川だ。本当の要注意は長谷川だと私は感じていた。身体は大きくのっそりしているが必要な時には鋭く動く。バッティングにもセンスを感じさせて、それを自慢するところがない。全てが性格なのだろう。もう一点取られるのは覚悟だ。きっと萩野もそう思っていただろう。

しかし意外にも橋田の投じた高めを打ち損じて高いキャッチャーフライになった。長谷川の打球なので随分高く上がった。一旦空で止まったように見えたボールが三組女子たちの居るベンチに近いところに落ちてきた。

「のけのけのけ!」

萩野が叫びながら駆けて、女子たちが慌てて逃げた。上を向いてよろけながら追いかけて、ボールをどうにか捕った萩野はそのまま勢いが止まらずにベンチに躓いた。

「わー!」と叫んで回転するように向こうへもんどりうった。その動きが映画のシーンを見るようにビックリするほど派手だった。

私は慌てて駆け寄った。大丈夫か!

「痛あああ…」

萩野は仰向けにひっくり返って顔をしかめていたが、ボールを落としていないのを私は確認した。

「アウトアウト!ファインプレー!!」

高く右腕を挙げて、ファインプレーは余計だったがつい叫んでしまった。私としてはこういう時しか見せ場がない。

四組女子が喝采。一斉に拍手が飛んだ。しかし萩野は大丈夫か。皆も立ち上がって見ている。他のメンバーもゾロゾロと集まってきて萩野の様子を取り囲んで見ている。二人の中学生も徳田も走ってきた。

悟君が心配そうに声をかけた。こういう時には年長はその貫録を得てして見せたがるものだ。

「大丈夫か、どっか打ってへんか」

「あー大丈夫です…」

しかしその声はどこかか細い。

悟君は倒れたままの萩野を抱き起そうとした。もしかしたらの気配を察して一同心配そうだ。

こうなると萩野は主役だ。悟君の手を借りてようやく起き上がって、うめきながらも萩野は強がる。

「うー、大丈夫や、こんなん何でもあらへん、お前ら俺のことを勉強できるだけやと思うてるやろ、運動神経もこの通りや」

まぐれとちゃうんかいな。皆一斉に冷やかした。

「なんやおもろいやっちゃな」

田中君も思わず笑った。

しかし悟君はなおも心配そうな顔。

「ちょっと身体動かしてみ、ゆっくりでええから」

黙って見ていた水口が発言した。

「悟君は陸上部やからこんなん詳しいねんで。何でもないように見えて意外なこともあるねんよ」

水口のその顔が悟君を誇らしげに賛美していた。そこに更に徳田が鋭い視線を流す。

水口は気付いているのか居ないのか。

萩野は頭や肩をグルグル回した。

「ベンチで膝の横打ったみたいや、これはキャッチングに影響するかも知れんで」

言いつつのわざとらしい深刻なつくり顔が、大したことがないことを逆に物語っていた。

「オッケーオッケー、皆ええか、プレー再開するで」

私が一声かけて、皆は守備位置に戻って行った。

 

六番バッターの高田がボックスに入り、今まさにプレーをかけようとしたその時、すっかり忘れていた篠田の声を聞いた。

「なんやなんや、何があったんや」

「あ、篠田…、今までどこに行ってたんや、お前副審やぞ」

私はちょっと眉を怒らせた。

「ええがなええがな、まあええがな」

篠田は両手で私を遮る。

「ええがなはないやろ、副審の癖してトンずらこいて今まで何してたんや。家に帰ってうんちゃんでもしてたんか」

「汚いやっちゃなお前。まあそない怒りなや。あのな、大事な話や」

「なんや大事な話して、お前が居らんせいで一人でやっている主審は忙しいんやで」

「はいはい分かってるがな、そやけどこれはママさんのことやで」

「え、ママさん…」

私は咄嗟に表情を変えた。ママさんに何かあったのか。

 

続きます。