雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘--47

皆ゾロゾロとかき氷の売り場の周りに集まってきた。私は篠田の近くに歩み寄りママさんにコックリと頭を下げた。ママさんは、きょうもやはり大人しい女の子に寄り添うように植え込みの縁に座っていた。

「聞いてるよ、二人で色々やってくれたんやね、ようけ集まってくれておおきに」

私は篠田の顔を横目でちろっと見た。言わぬでも良いのにママさんに手柄話をしたようだ。篠田はえっへっへと頭を掻いた。

 

女子たちの中にはとっくに食べている者や既に食べ終わった者も居る気配だった。

私は篠田に小声で訊いた。

「いくつ売れたんや」

「五つくらいやな」

しかし氷はまだたっぷりある。これが溶けぬうちに売ってしまわねば。

篠田はこことばかり声を張り上げた。

「きょうはええ試合やったがな。皆ご苦労さんや、仕上げにかき氷どうでっか」

萩野が小馬鹿にしたように笑った。

「なんやお前、副審が仕事もせんでかき氷売りになったんか」

篠田はえへへと笑うが、ママさんがちょっとばかり申し訳なさそうな顔をした。いえいえ、そうじゃないです--とばかり萩野も思い切り笑う。

「せっかくやから僕らも食べよか、作ってもらえますか」

ええよええよとママさんは頷く。

「いくらやのん」

篠田が弾けるように答えた。

「大きいのが十円、小さいのが五円や」

「お前はええねん」

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水色の日傘--46

子供のジャンケンでいちいち先を読む者は居ない。あっても少数だろう。最初に何を出すかくらいは決めるものだが後は条件反射のようなものだ。二人がタイミングを揃えてパッと出したら二人ともパーだった。不思議なものだが、何故か最初はパーを出すことが多いのだった。

あいこで…ショッと出したら偶然か読んだの二人ともグーだった。全員がもう一度掛け声をあげた。あいこで…ショッと、今度は橋田がパー。福田はまたもグーだった。

私は大きな声で宣した。

「パーの勝ち!四組の橋田君の勝ちです」

福田は思わず崩れ落ち、橋田は両手を挙げて「やったー!」と叫んだ。

四組女子たちから一斉に歓声があがった。三組女子たちからは一旦はため息が出たが、直ぐに拍手を送った。勝ち負けは一応はあるが、女子たちは元々そこに拘っている様子はなかった。双方の検討を全員で称えたのだった。

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ちょっとだけお知らせ

思いつくままのまとまりのない駄文を書いてきましたが、短編だけにして置くつもりでしたがいつの間にかダラダラとした長辺になってしまって現在に至っております。

しかし更新は続けるつもりで、一カ月に一度もない極少の更新でしたが遅れ遅れでも頑張っていました。

ところが最近になってちょっとしたアクシデントに見舞われまして、以後は更に更新が滞ると思います。アクシデントは、今のところはまだ全体が見通せない状態でして、落ち着くまでにはそれなりに時間がかかりそうです。

止めてしまう訳ではありません。少なくとも現在進行中のものだけは最後まで続けたいと思っています。

時々立ち寄って頂いている方には申し訳ありません。m(__)m

水色の日傘--45

走ってきた吉田とキャッチャーの萩野がもつれ合って転んだ。転んでも萩野はしっかりボールを保持していた。際どいが、私には萩野のタッチが一瞬早いように感じた。

「アウト!アウトアウト!!」

右拳を二度三度突き上げて私はアウトを宣した。ここで躊躇すると信頼をなくすのだ。ワーッと四組女子たちから声援が巻き起こった。

「えーっ!嘘やーん」

吉田が起き上がりつつ、叫んで抗議した。三組のメンバーも一斉に駆け寄ってきた。主将の浅丘も詰め寄ってきた。打った高田も二塁に達していたが様子を見に戻ってきた。

浅丘は私の顔を睨んだ。「俺には殆ど同時に見えたで、お前にはっきりわかったんか」

萩野がニヤニヤして起き上がりつつ浅丘に向かった。「浅丘、観念せえや。そこを審判が見とるんやないか」

浅丘はやり返す。「審判言うても浜田は四組やろが、副審はどこ行ったんや副審は」

篠田は自分が呼ばれたので一瞬目を丸くしてこっちを見た。お店に忙しくて試合は眼中にないようだった。

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水色の日傘--44

打球はセンター方向に高く上がった。体格のある長谷川の自力だろうか。大根切りにしては不思議な打球の上がり方だ。しかも大きい。センターの森が懸命に追った。吉田はためらい走りで飛んでいく打球を目で追った。

突然浅丘が叫んだ。

「抜けるぞ、走れ!」

吉田は指示を信頼して走った。しかし意外にも打球が高く上がり過ぎていた。深いところまで走った森が捕れそうな気配を見せた。

浅丘がまた叫んだ。

「あかん、戻れ!」

「そんな…殺生な」

吉田は息を吐きながら慌ててファーストへ戻った。森からの返球を一旦福永が受けて振り向いたが吉田は無事にファーストに戻っていた。ツーアウトランナー一塁。

 

「惜しい、もうちょっとやったな」

徳田が激励ともとれる形で長谷川の背中を叩いた。

「あかん、緩い球につい色気がでてしもたわ」

「いや、あれは森がよう捕ったわ。普通は越えてるで」

いつにない徳田の言葉だ。嫌な奴でしかなかった徳田に何か変化が起きている。長谷川はそう感じた。

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水色の日傘--43

橋田は一球目外に投げた。はっきりとわかるボール球で、徳田はまったく動く気配なく見送った。

「おいおい、歩かせるつもりやないやろな」

徳田はチロッと萩野に視線を送った。萩野は返球しながらも徳田を刺激するように言う。

「さあな、お前に馬鹿にされた橋田や。勝負せんわけないやろと思うで」

徳田はちょっとムッとした。今になってそのことは気になっている。調子に乗って余計なことを言ったかも知れない。しかし敢えて言われるとむかつくのだった。

二球目、橋田はわざとフワリとした球をインコースに投げた。殆ど徳田に当たりそうだったが球が緩いので揉め事にはならない。徳田は馬鹿にしたように余裕を見せて避けた。ボールツー。

徳田は萩野を睨んだ。

「なんや、余計な細工してもあかんで」

萩野はとぼける。

「いやあ、手が滑ったんやろ」

「フン…」

徳田はわざと小馬鹿にしたように鼻息をもらし構え直した。

返球を受けた橋田はしばらく萩野とサインの交換らしく首を横に振ったりとうんうんと頷き合ったりしている。

「おいおい、なんやなんや一人前に。首を横に振るほど投げれる球あるんか」

徳田が茶化すのを無視して橋田は投げてきた。やはり外。ややボール臭かったが徳田はいけると判断した。身体を伸ばして思い切り叩いた。低い弾道の鋭い当たりがファーストに向かって飛んだ。

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水色の日傘--42

コースは真ん中だがやや低め。高さは吉田のつもりとはちょっと違った。しかし出かかったなにかみたいな話で、もう止まらない。普通なら見送るだろう球を、吉田は腰を屈めるようにして短く持ったバットを鋭くぶっ叩くような感じで振った。

パコン!と音がして球は橋田をめがけて飛んだ。低い弾道で一瞬橋田には見えなかった。その僅か手前で一旦バウンドした球は橋田の左肩ををめがけて飛んできた。

うわっ!と叫んで橋田が咄嗟に突き出したグラブに当たった球は弾んでファースト側に転がった。

「走れぇ!」

三組全員が叫んだ。ファールグランドまで転がった球を井筒が追いかける間、吉田は尻に火が着いたように走った。

よろけた橋田が体制をとり直してファーストのカバーに走ったが井筒は球を送らなかった。吉田はそのまま走り抜けた。間に合うタイミングではなかった。

「ええぞええぞ吉田」

皆が喝采を叫んだ。徳田が特に大きな声を張り上げていた。吉田は右拳を持ち上げてそれに答えたが徳田の声などどうでも良かった。三組女子の声援を全部自分に集まっているような興奮を感じた。女子たちの声援を受けるなど、吉田にとっては一生に一度かも知れなかった。

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