雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 11

誰も知らなかったが、井筒には四つか五つ違いの兄がいて、これが甲子園も望める有力高校の選手だった。

教え魔で、しょっちゅう高校の練習グランドへ井筒を連れ出して教えまくった。それが結構厳しく時には泣かされるので井筒は上手くはなったが野球にはすっかり嫌気がさした。家でもナイター中継すら見ることもなく、学校でも野球など関心もない風をずっと装っていたようだ。

余程うんざりしていたのだろう、でなければエエカッコシイが普通の子供時代で自分の能力を隠すなど珍しいことだった。

「わからんもんや」わっはっはと、萩野は豪快に笑った。「灯台元暗しや」

「ピッチャーもいけるんか」橋田が言った。

「今度は絶対に勝たなあかん、特に徳田に打たせたらあかん。俺が打たれたらお前が投げてくれ」

「そんなん…」井筒は戸惑った。橋田にも面子があるはずだ。

「俺が頼むと言うてるんや。野球はチームワークや、つまらんことにこだわってる場合やない」

橋田にしては驚愕するほどの異常な成長だ。

しかし、なるほどという理由があればガキタレでも納得する。それじゃ上手いのは当然だ。 

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水色の日傘 10

それにしても上手すぎる成り行きだ。いったい篠田はどうやったのだろうか。

訊いてみると、ことの成り行きは意外だった。

「あのな、俺も思うてもみんかったわ」

篠田はしかめっ面でもなく笑うでもない顔を浮かべて唸るように呟いた。

「あいつな、他のメンバーを馬鹿にしとるやろ、元々反感持たれとるし、それで新井がぼやきよったんや」

あんなのはまぐれや、ええカッコしよってからに----とまあそんなことを言ったらしい。新井は外野を守っていたが、徳田にしょっちゅう注文を付けられていた。

聞こえていないはずの徳田が詰め寄った。新井は慌てて四組から聞こえてきた噂だと言ってごまかそうとしたが収まらない。それで浅丘が間に入った。それでも徳田がぶつくさ言うので篠田が話を持ちかけた。

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水色の日傘 9

☆今回は少し長いです。お付き合いください。☆

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篠田に影響された訳ではないが、噂と言ってもアリバイは作っておかねばならない。幼い頭脳で健気にも考えた私は、月曜日の休み時間、直ちにピッチャーの橋田に接近した。

「橋田、お前、土曜日は散々やったな」

嫌味でも言いに来たのかと、最初橋田は嫌な顔をしていた。

「それにしてもよう打ちよったなあいつ、噂通りのことはあるわな」

橋田は横を向いて鼻で吹いた。「ふん!」

ちょっと間をおいて、誘うように私は言った。

「お前、ほんとは調子悪かったんとちゃうんか」

橋田は伏し目がちに呟やくように言った。「まあな…」

「そやろと思うたわ、お前が本調子やったらあんなことないもんな」

「まあな…」

「なんで黙ってたんや」

「言う訳に行かんがな、他にピッチャーも居らんし」

誘い水に乗ったが、橋田は一度も調子が悪いなどと言っていなかった。

 「それはそうや、お前以外に投げるやつは居てへん。そやけど、いくら調子の悪いピッチャーでも、あれだけ打ったら大したもんや、メンタもキャーキャー言うとったしなあ」

ここまで言うとさすがに橋田はムッとした。

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水色の日傘 8

ママさんと子供の姿が見えなくなっても、篠田と私は揃ってベンチに腰を下ろしてぼんやりとしていた。すぐに帰る気にはなれなかった。

私は眉毛がママさんを見たときに一瞬何かを考える風だったのを思い出した。あれは何だったのか。誰かに似てるとか、どこかで見かけたとか、或いは美人のママさんに一瞬見惚れたとか、精々そんなことだったのだろうか。

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水色の日傘 7

「このごろあかんわ、身体が動かへん、明日は大変やで」

「ミットもないからみっともないわ~」

「そんなしょうもない洒落、誰が笑うかいな」

あれこれ言いながら集まってきたメンバーを見ると、遠くで眺めるのとは違って皆それなりに歳をとっていた。余計なことだが、男前は一人も居ない。野球をするのだから当然だろうが、皆よれた服を着て、如何にも労働者の風采だった。

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水色の日傘 6

「おっちゃーん、おっちゃんらどこから来たん」

私は、ゲームの成り行きを見守っている四角い体型の男の後ろから声をかけた。工場の作業着のようなのを着たその人は守備にも攻撃にも着いていないようで、どうやら見るだけの付き合いのようだった。

男は振り向いて私達をジロッと見た。私達は一瞬吹き出しそうになるのを寸でのところで堪えた。もの凄く太い眉毛が真ん中で繋がっていて将棋の駒のような顔をしていたのだ。体型と顔の形が同じだ。しかし決して怖い系の顔ではなかった。

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水色の日傘 5

 私は帰宅してからも、それが気になって仕方がなかった。もし自分の母親が家計を支えるために外でかき氷などを売り始めたらどう思うかと。

大体私の母は、常日ごろお嬢さん育ちを自慢していてことあるごとにそれが出る。他にも待っててくれた人が沢山いたのに何でこんなお父ちゃんにとか、そんな話を何度か聞いた。

俄かに信じられないが、それが本当なら来るところを間違えたとしか思えない。父はパッとしない小さな会社勤めでとても裕福とは思えない家柄。母がもし他へ片付いていたなら自分はどこで産まれたのだろうかとぼんやりと思うこともあったがそれはまあ良い。

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