雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 4

「どこから来てるんやろ」

既にママさんの姿も見えなくなった公園の出入り口を眺めながら、私は呟いた。

「さあな、遠いとことしか言わなんだけど、小さい女の子連れてるからな」

乳母車を押してバスに乗ることは多分ない。だいいち帰って行った方向はバス停のある方とは逆だった。小さな女の子の歩ける範囲であれば、充分私たちの行動範囲に違いないのだった。

私は篠田の顔を見つめながら言った。

「方角からすると、古市の方やろか」(註、大阪市城東区古市)

篠田は腕組みし、片手で顎をさすりながら呟いた。

「関目かも知れんしな」

「どこから来てるのか確かめてみたい気もするけど、やめといた方がええな」

篠田は無言だったが、おそらく同意見だった。 

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水色の日傘 3

「ごめんね、ちょっと味が変わってるでしょ」

私たちの視線を感じたママさんは、味に関して、ちょっと申し訳なさそうな表情をした。私たちの視線を、清潔に深読みしたようだった。

「そんなことないよ、ごっつうまいわ、なあ」

私は篠田に同意を即した。篠田はもぐもぐとほおばりながら二度三度頷いた。

実際味は少し変わっていた。イチゴというけど、赤い色をしていただけでイチゴの味はしなかった。恐らくどこかの花を搾って色を加え、砂糖を混ぜていたのだろう。

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水色の日傘 2

近寄って見ると、とても外でカキ氷売りをするようには見えない品の良さそうな若いママさんが、幼い女の子と並んでベンチに座っていた。揃えで作ったのか、よく似た水色の花柄のノースリーブのワンピースを着ていた。

すぐ横に乳母車が置かれていて、淡い水色の日傘が乳母車にまたがるようにして置かれてあった。乳母車にはあれこれと乗せられているようで、商売道具一切が入っていたのだろう。
乳母車は、子供がもっと小さかった時に使っていたものに違いない。
女の子の歳は、多分四つか五つくらいだったろうか。 

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水色の日傘 1

私が小学生だったころ、放課後の遊びといえば、専ら付近に点在していた池でのザリガニ釣りや公園での草野球だった。

私はザリガニ(当時関西ではエビガニといっていた)釣りは割りと上手かったのだが、どういうわけか魚釣りは苦手で、他人と同じことをやっているつもりでも自分の竿には全然かからない。得手不得手はあるものだとその頃から認識していた。

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水色の日傘 梗概

小学生当時、苦手な公園野球のメンバーに無理やり組み入れられて適当に恥をかいた。

試合後、相手チームの篠田と愚痴った。篠田もやはり運動音痴だ。愚痴を切っ掛けに親しくなれそうだった。

すると、公園の端っこに子連れの若いおママさんがかき氷の店を広げるのを見つけた。二人で食べようということになった。

近寄ってみると、女の子はまだ四つか五つ、ママさんも若くて遠くから眺めるよりずっと綺麗だった。私たちはこの若いママさんに惹かれるものを感じた。

篠田は言う。あのママさんはそれなりの事情があってかき氷を売っている。だから、それを手助けしてやろうではないか。

私は同意した。二人で一計を案じた。互いの組で試合をやらせて、生徒仲間がかき氷を食べるように仕向けるのだ。ちょっとでも売り上げに貢献できるだろう。

転校してきた徳田という男は無類に野球が上手い。試合の度にホームランを打つ。これを自慢していつも気取っていると私たちは思っていた。なんとか徳田に言い含めて怒らせて試合を挑むように仕向けるのだ。

徳田はまんまと乗せられてカンカンに怒って私の組に怒鳴り込んできた。これがちょっとした騒ぎになり、両方の組から応援も参加しそうな気配だ。

私は喝采を叫んだ。試合当日、ママさんがいつも通りかき氷売りに来てくれれば良いのだ。

 

梗概はここまで。本編をよろしくお願いします。

 

 

鉛色の出来事 終章 後記

奇妙なのだが、長谷に関する私の記憶はここで全く途絶えている。そこからまるで、刃物で切られた糸のようにぷっつりと、以後はまったく、かけらのような記憶もない。

暑い時期に差し掛かって、プールの授業も始まったが、長谷が水に浸かっている姿を、私は見たことがない。そもそも長谷の水着姿など、私には想像も着かない。

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鉛色の出来事 本編 十二

自分から接近して置いて遭遇はないだろうが、私にしても長谷という得体の知れない未知のものに初めて遭遇したようなものだった。

以後の成り行きはもう覚えていないが、後はもう話すこともなく無言で適当な絵を描いたに違いない。

絵は後で必ず先生に講評されるのだが、それもまったく覚えていない。以前のように悪い見本として後ろに展示されることもなかった。

 

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