雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 18

少々雑事があって間延びしました。きっと誰も読んでいないだろうと思っていたのですが、応援マークが付いていたりして意外に思っており、感謝しております。

ではお読みください。

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私は少々意地悪く盗み見るように徳田を観察した。

チロチロと水口の方を見ているようでもある。何を思っているだろう。もしかしたらの遭遇を期待して毎日店に牛乳を飲みに行くほど水口にメロメロだ。坊主頭の中学生と思われる男となんであんなにベッタリくっついているのか、あれは誰なのか、内心落ち着かないに決まっている。

私はこの後の徳田の打席がどうなる楽しみだった。徳田のことだから余計に張り切る可能性もある。

しかしゲームはゲームだ。私は仕切り直すようにプレーを宣した。

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水色の日傘 17

三組のキャッチャー長谷川は、体が平均より一回り以上大きい。しかも太り気味だ。あれこれと言葉を発する性格でなく、私からも距離のある存在だった。同じクラスになったこともなく、あまり言葉を交わしたこともない。

そんなのがどうして野球チームに入ってキャッチャーをやっているのか不思議だった。能動的な性格には見えないから、彼が投球を組み立てているようには見えないが、キャッチングは意外にうまく、なかなか後ろに逸らさない。そんな彼だから何が来てもストライクに見える。そこを計算に入れて置かねばと私は思った。

長谷川は更にバッティングも上手い。体が体だから距離も出る。太っていて足が遅いのでホームランにはならなかったが、前回も大きいのを二本飛ばしている。ちょっと得体の知れない存在だった。

しかし萩野は親しいようだった。

「長谷川、三組のほんまのホームランバッターはお前や。これから打ち方教えたるがな」

長谷川はしかし「はーん?」という顔をしていた。

 

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水色の日傘 16

一番バッターの橋田は、いつもよりバットを短く持っているように思えた。しかし三組の誰もそれに気付かない。

ピッチャーの福田は初級から悠々とストライクをとってきた。ほぼ真ん中だったが、橋田は見逃した。どことなく前回より余裕があるように見えた。

福田は前回と同じように投げていればそれ程打たれることはないと感じている。そうなるかどうかは、なかなかの見ものだと、私は思った。

二球目は大きく高めに外れて、三球目は初級と似たようなところに来た。橋田はバットを叩きつけるような感じで振って、ライナー性の打球がセカンドを超えたところで落ちた。

一見まぐれにしか見えない橋田のヒットだった。始まったばかりだが、それでもちょっと前とは違うなと、福田は思ったかも知れない。バットの出が妙に鋭いのだ。

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水色の日傘 15

年が明けました。頻繁な更新ではありませんので、遅れ馳せながら、令和三年おめでとうございます。

以下本文です。今年も宜しくお願いします。

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三組のメンバーは、徳田を抜きにしても以前から四組の実力を上回っていたが、その上に徳田が乗っかったから、前回は四組がボロ負けした。

 

三組の打順。

一番 レフト新井 徳田を茶化して揉めた奴だ。割としぶといらしい。

二番 セカンド安井 四組のセカンド福永と似たタイプ。

三番 ファースト浅丘 主将

四番 サード徳田。転校してきて打力があるのですぐに四番に入った。それまでは浅丘がサードで四番だった。

五番 キャッチャー長谷川 体がでかいので的になりやすい。割と飛ばす。

六番 センター高田 足が速く深追いができた。

七番 ライト岸下 どこでも平均的に守れる。

八番 ピッチャー福田 橋田よりは球速があるようだ。

前述したように、スケールが狭いのでショートがない、従って九番バッターはない。

なお、三組に左バッターは一人も居ない。

 

徳田がサードに入り、それまでサードだった浅丘がファーストに回ったせいで、ファーストを守っていた吉田が補欠に回った。実は徳田は吉田の守備にも注文を付けていた。サードからの送球を受けるのが下手だと言うのだ。吉田はふてくされて、前回の試合にも出ていない。チームの不和は明らかだった。きょうは補欠だが、一応メンバーとして名を連ねている。もしかしたら浅丘が吉田の気持ちを慮って途中から変わるかも知れない。

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水色の日傘 14

いよいよ遂にその時がきた。


私は学校から戻って昼食もそこそこに、家にようやく一本ある古びた兄のバットを持って公園に駆け出した。

マネージャーの最も大事な役割は場所取りだ。もし誰かに先んじられていたら、その連中が試合を終えるまで待たねばならない。

公園は割と広く、対角線上にホームベースを置いて二チームが試合できるが、時と場合によってすぐに塞がってしまうことがあった。また、二チームが試合をした場合、外野が交差する格好になる。よそのチームのセンターがこっちのセンターより近くに居たりして、その間を買い物籠をぶら下げた主婦が斜め横断したりするので危なっかしいのだが、当時はこれが普通で、誰も問題にしなかった。

 

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水色の日傘 13

井筒は投げても凄いのだった。右投げ左打ち。それでけでも小学生とは思えないが、ストレートも伸びるしカーブもちゃんと曲がって見える。

現在の少年野球では変化球は禁止のようだが、当時は近所に少年野球チームなどなかった。あるのはクラス単位でできる草野球チームだったからそんなルールなどある訳がない。年長者に教えてもらったりして投げられる者は勝手に投げていたと思う。

しかし大人の球とは所詮違う。山なりが事実上のカーブだった。しかし井筒のはかなりはっきりと曲がってくるカーブだった。

私も兄とよくキャッチボールをしたが、兄が得意になってカーブを投げるので、ああ曲がるものだなという認識はあった。その兄だって、別に野球部じゃない。だから難しくはないのだが、井筒のはやはりちょっと違った印象だった。

昔は縦に落ちるカーブをドロップと言った。評論家の小西得郎は垂直に落ちるドロップがあると言っていた。そんな時代の話だ。

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水色の日傘 12

篠田が声をかけてきた。「チーム、どんな具合や」

「空き地で練習してるがな、結構気合入ってるで」

「そうかいな、結構なこっちゃ」

篠田ははははと笑った。聞けば三組は全然練習していないという。

「大丈夫なんかそれで」

「ええんや別に、ムキになってるのは徳田だけや。それに一週間どっかで練習しても変わらんやろ」

そんなことはない----かも知れないと言いかけて、私は黙った。今度の試合は勝ち負けよりもママさんの売上貢献なのだ。

篠田の話では、三組はそれほど勝負にこだわっていない。いきり立っているのは徳田だけで、徳田自身、試合の勝ち負けよりも自身のメンツの問題だった。

しかし四組は違った。これは徳田に売られた念の入った試合だった。どうしても勝たねばならぬし、徳田を抑え込まねばならない。

それに、私は徳田のタイプが大嫌いだった。得意顔になる奴が嫌いなのだ。大人になった今もそれは変わらない。徳田をとにかくへこませたかった。それは篠田も同じだったろう。

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