「ぼんはもう二年生か」
ちょっとの間中空を睨んで何か考えていた工場長が無関係な話でもするように訊いた。
「そうです」
「やったら大丈夫かな」
「なにがです」
工場長はしばらく考えながらタコ焼きを呑み込んでからおもむろに語り始めた。
「実はな、わしはあのかき氷のお母さん知ってるんや」
「え、ほんまですか」
「見覚えあるなとあの時も思うたけどな」
工場長が語るには、どうやらママさんは私が一時住んでいた安アパートに夫婦で住んでいたらしい。
「あの辺に割と大きな広場を抱えたアパートがあってな、元は軍関係の何かの部品作ってる工場やったと聞いてるけど、そこを戦後アパートに改造したんや。屋根が工場やった当時のままでな、ギザギザしとったから皆ノコギリ荘と呼んでたんやが」
「そこ、知ってます。僕が以前住んでたアパートです」
「ほんまかいな」
工場長はビックリしたが、ビックリしたのは私も同じだった。
「一番端っこの、端っこやからその部屋だけ窓があってな」
「そうです。あそこ元は軍の工場やったんで、そこをベニヤで幾つか仕切っただけで部屋の一々に窓なんかなかったと聞いてます」
「そやそや、そこに新婚の夫婦で入ってきはったんや」
「え、ちょっと待ってください、広場に面して窓のある端っこの部屋は確か二つあったんです。ぼくとこと廊下を挟んだ向かいです」
「広場から眺めて右側やったで」
「え、それやったら僕が住んでた部屋です」
「ほんまかいな」
再び私たちは驚くのだった。こんな偶然があるだろうか。
「すると僕ら家族が引っ越した後にすぐ入ってきはったんですか」
「そうなんやろな」
私は頭の中で当時を思い起こして複雑だった。あのママさんが、涼し気な美人で上品で穏やかで清潔感の漂うあのママさんが、お世辞にも衛生状態が良いとは言えないあんなアパートに住んでいた。
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